茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜
(本当に優しい人……私の代わりに傷つくなんて。私の悲しみも背負わなくてもいいのに)

陽翔のすすり泣く声を聞いて、百子は彼の眼鏡をそっと外し、テーブルに置いてから髪を撫で、目を閉じる。彼の髪に涙がぽつぽつと落ちたが、陽翔は顔を上げない。

「そう、なの、ね……あの人が反省するタイプじゃないのは想像ついてたから私はそんなにショックじゃないけども……だって反省するなら浮気なんてしないと思うもん……でも、陽翔は……私の代わりに怒ってくれたのね。ありがとう」

陽翔はその言葉に弾かれたように頭を上げる。百子は驚いて彼の赤い黒目と目を合わせたが、陽翔は目を閉じて勢い良く首を横に振った。

「違う、違うんだ……!」

絞り出すような彼の声に、百子は瞬時に体を硬直させた。その声はまるで地獄での責苦に耐えているように聞こえたからだ。

「これは自分のためなんだ! 百子のためじゃない! 俺は百子の復讐をしたんじゃないんだ! 俺は……俺はどうしても、浮気して裏切った輩を許せないんだよ! それが誰であろうとも……! だから、百子が浮気されたって聞いたときは……本当に怒りで目の前が真っ赤になって、元彼をぶっ殺したくなったさ! あんな苦しみを百子も味わっただなんて……! やっぱり社会的に抹殺した方が良かったか……ちくしょう!」

(え……?)

百子は普段冷静沈着な彼がこれほど感情を爆発させていたのを見たことが無く、ただただ彼の中に赤黒く煮えたぎる憎悪が渦巻いていた事に驚くが、それ以上に発言に違和感を感じて眉を上げる。

(陽翔……百子《《も》》? って言った?)

だが百子はその違和感を一度忘れることにした。今はそこを追及する意味はない。

「それはいくら何でも……どのみちその映像を職場でバラまいても、浮気が理由で解雇はされないんでしょ? それに……陽翔は私の言いたいことを全部代弁してくれたから、何かスッキリしちゃった。私がそれを直接言えれば良かったんだけど、ストーカーされても困るから助かったし、何よりもその映像見せて私に関わるなって元彼に取引を持ちかけてくれてほっとしたわ。ありがとう」

百子は涙を目元に溜めながらも、彼に笑って見せた。目元も細くなった為に涙がまた溢れたが、陽翔が指でそっと拭う。優しいその動作に百子は表情を和らげたが、百子は一時的に忘却していた違和感を持ち出すことにした。

「でも……陽翔はそんな取引を持ちかける時も、私の元彼に会った時もずっと辛かったのよね……でも、《《陽翔が辛いのはそれだけじゃない》》よね?」

陽翔は目をしばらく泳がせたり瞬きを素早くしていたが、百子のその真っ直ぐな瞳に押される形で重い口を開いた。

「俺は……昔、元婚約者の不倫で婚約破棄をしたことがある」

エアコンの駆動音だけがしばし部屋を支配した。
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