「トリックオアトリート」ならぬ脅迫または溺愛! 〜和菓子屋の娘はハロウィンの夜に現れた龍に強引に娶られる〜
 萌々香は仮装していない。平日の今日も仕事だったからいつもの通勤スタイルだ。オフィスカジュアルに身を包み、ダークブランの髪を一つに結んでいる。

 だが、やはり多少は浮かれていた。
 明日はハロウィンだからと会社の友人に誘われ、居酒屋で食事と会話を楽しんできた帰りだった。

 26歳にもなって彼氏ではなく同僚と飲みにいくというのが少し残念だったが、酔ってしまえばそれはささいなことに思える。

 ほろ酔いの萌々香は鼻歌を歌いながら電車を降りる。
 地元となるとさすがに仮装をしたお化けはおらず、駅を出た人々はまっすぐに帰路につく。萌々香も当然、自宅へと向かった。

 人気(ひとけ)は減る一方だが、月が明るく道を照らしている。お酒のせいもあってか、いつもより夜道への不安は少ない。

 萌々香はがらんとした商店街へと入る。
 アーケードで覆われていて月光はなくなったが、街灯が明るく照らしていた。

 夜10時ともなれば買い物客などいるわけもない。
 昼間は歩行者専用になっている道路を、業者の車がときおりゆっくりと走って行く。

 生まれ育った商店街だった。昼間はにぎやかで萌々香を温かく包む。

 が、眠りについた夜の商店街は急に萌々香を他人にする。
 シャッターは冷たく目を閉じ、道路は黒々と沈黙している。

 まるで異邦人のように萌々香はその端っこを歩いた。

 萌々香の自宅はこの一角にある。彼女自身は別の会社で働いているが、両親が和菓子店を営んでいて、一階が店舗、二階と三階が住居になっている。

 あと少しで家につく、というところで、人の声がしたような気がして、アーケードの切れた横道を覗き込む。

 街灯のないビルの暗がりに三人の男がいるようだった。その足元には男の子がうずくまっている。

「やめてください!」
 まだ幼い男の子の声が響いた。

「ガキのくせにいっちょまえにコスプレかよ」
 げらげらと笑う男たちの声が聞こえた。

 男の子の背を足で蹴とばす。
 男の子は短く悲鳴をあげて倒れ込んだ。
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