「トリックオアトリート」ならぬ脅迫または溺愛! 〜和菓子屋の娘はハロウィンの夜に現れた龍に強引に娶られる〜
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目が覚めると自分の部屋だった。
温かいベッドの中、雨音が耳に心地いい。カーテン越しの光は薄く、湿り気のあるやわらかな空気が部屋に満ちていた。
萌々香はほっとした。あれは夢だったのだ。
変な夢だった。チンピラにからまれた男の子を助けたら自分がピンチになって、男性に助けられたと思ったらその人の顔が龍になった。
体を起こすと、服は昨日のままだった。
靴はベッドの下にそろえられていた。記憶はないが、ここまで靴で来てしまったのだろうか。
お酒のせいだろうか。薄いチューハイを二杯しか飲んでいないというのに。今まで泥酔したり記憶が飛んだりしたことはなかった。
もんもんとしながら起き出して靴を玄関に置いてシャワーを浴びた。
さっぱりしてダイニングに行くと、母の貴子が朝食の準備をしていた。
「おはよ。今日は頼んだわよ」
貴子に言われ、萌々香は顔をしかめた。
「そういえばそうだった……」
今日はハロウィン。
両親の経営する和菓子店の手伝いの約束をしていた。だから仕事は休みをとっている。
「仕事を休んで仕事するとか、ないわ……。給料出ないし……」
「なに言ってるの、うちだけのことじゃないんだからね」
和菓子店のあるアーケード街でハロウィンイベントをやっている。
いちばん賑わうのは土日だが、ハロウィン当日は平日でもそれなりに人が来ることを見越して萌々香も手伝うことになっていた。
「衣装は用意してあるから」
「あれ着るのぉ?」
壁にかけてあるごてごてした衣装を見て、萌々香はうんざりと声を上げる。
「ハロウィンなんだから、仮装しなくちゃ! がんばって作ったのよ!」
萌々香が子供だったら喜んだだろう。だが自分はもう大人だ。あの衣装は恥ずかしい。
「あんな衣装ハロウィンじゃないよ」
「血みどろの仮装で店頭に立ってもお客さんなんて来やしないわよ」
「去年まで仮装なんてしなかったじゃん」
「そうなのよ。もったいないことしたわ」
貴子は平然と答える。
萌々香はあきらめた。