敏腕社長は雇われ妻を愛しすぎている~契約結婚なのに心ごと奪われました~
 ちょうど伯母の家から私のアパートへ行く途中に実家があるので、ついでだと思い口にした。行きは時間がなかったが、今ならかまわないだろうか。

 そこで自分の立場を思い出し、内心で慌てる。彼のお願いを聞く立場ではあるが、私がお願いしてもいいのだろうか。

「わかった。この大通りを真っすぐ進んだらいいのか?」

 ところが隼人さんは気にするそぶりもなく尋ねてきた。悶々としていた私は急いで答える。

「あ、はい。次の右手にあるコンビニのところを曲がってください」

 指示を出すと、車内にウィンカーの音が響き車はゆっくりと右折レーンに入る。

「すみません、お忙しいのに」

 時間をかけるつもりはないが、彼の都合を聞かなかったことを悔やむ。

「いいや。妻の実家を一度は見ておくべきだろうから」

 小さく謝罪する私に、彼は軽やかに返してきた。真面目に言っているのか、冗談で言っているのか。判断はつかないが、隼人さんの返答に少しだけ胸が軽くなる。

「ありがとうございます。そんないいものではないですが」

 実家は一軒家ではなく、マンションの一室だ。隼人さんの部屋に比べると広さも綺麗さも圧倒的に劣っているが母とふたりで暮らすには十分な物件だった。

 当時は新築だったマンションも築二十年以上になり、私はここで子供時代を過ごしてきた。大学に進学するため実家を離れてからは、あまり戻ってきていない。今みたいに必要な荷物を取りに帰るときくらいだ。
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