振り返って、接吻

火がついてしまったら、もう、ただただ燃え盛るだけだった。



「そんなに余裕なの?」

「は?」

「そうよね、何も言わなくても、みんなが由鶴を認めてくれるんだもんね」



最低なことを言っているという自覚はあった。

人の少ない廊下で、ヒステリックにもなりきれず、泣きそうになりながら八つ当たりをするわたしは、かなり悲惨だったと思う。


「実家は伝統ある深月財閥で、絶世の美少年で、友だちもいて、勉強もスポーツも楽器もできて、まだ何か足りないの?」

「え、」

「もう、ゆづの隣にいると、自分が惨めでしょうもない!!!」



まだ頭の働いていない由鶴は、呆気にとられた表情で吠えるわたしを見下ろしていた。

ぞろぞろと廊下に人が増えてきた。いつもとは違う、嫌な感じの視線を感じる。


普段明るく快活な宇田のご令嬢が、幼馴染の美少年にきつくあたる珍しい光景は、野次馬根性を刺激するらしい。それでも、わたしの苛立ちはまったく収まらず、むしろぐつぐつと沸騰していた。


試験期間にも遊びに行ったくせに。授業中うとうとしてるくせに。



「由鶴って、ずるいよね」


悪意を持って放たれた言葉に、彼は傷ついたようだった。ほんの少し目を見開いて、射抜くような黒い瞳にわたしを映す。


「わたしの後ろについてるふりをして、わたしのこと見下してるんじゃないの?」

「そんな、」

「わたしなんか、由鶴が本気出したら何も敵わないよ。全敗。ゆづが手を抜いてくれるから勝っているように見えるだけ」


由鶴がそんなことするはずない。誰よりもわかってるのに、わたしの口撃は止まらなかった。



「もう、由鶴といっしょにいるのが辛いの」

「ん、」

「みんな、由鶴ばっかりで!由鶴がいるとわたしなんて全然すごくない」

「うだ、」

「だからもう、由鶴とは仲良くしたくない」



ひどいことを言ってるって自覚はあった。でも、どれも誇張や大げさな表現ではなくて、本当にわたしの心から出てきた言葉だった。


由鶴は何も言えずにただただ傷ついているようで、その被害者ヅラにも妙に腹が立った。


まーた綺麗な幼馴染に意地悪を言ったわたしが悪者にならなきゃいけないの?わたしのほうが、ずっと傷ついてるのに。
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