振り返って、接吻

宇田と俺とはここまでくると、もう、運命共同体だ。

宇田は俺のことを兄か何かだと勘違いしていると思うし、自分のテリトリーが狭い女だが、俺に対してはかなり心を許しているように見える。まあね、自分でそう思いたいだけかもしれないけど。


ライバル心というものを抱いたことがない、わけじゃない。

いや、宇田の上に立とうなんて野心を抱いたことは一度もないし、お互い異性であったおかげで周囲からも比較されることはあまりなかった。

だけど、誰よりもお互いを意識してきた。勝負はなくとも、優劣は常に付き纏う。


こうやって30年近く隣にいて、宇田の才能を誰よりも認めているからこそ、自分という人間の無力さを思い知らされる。

あいつはぶっ飛んだサイボーグだから、自分が普通の男であることに気付いて、遣る瀬無い気持ちになるのだ。


嫌いだ。宇田なんて嫌いだ。少し喋るだけでも目眩がするほど疲れるし、うるさいししつこいし、何より人間味がない。

基本的には我儘で、典型的な我が道を行くタイプであるけど、俺がしたいことは決して止めたりしない。


俺たちが高校生だったあの頃、俺が押し倒した時だって、あいつは止めてくれなかった。

俺はその時のことを今でも鮮明に覚えていて、きっとあいつも覚えていて、それでも宇田と恋愛関係を結べていない現状に嘲笑が溢れる。



好きだ。なんて軽々しい言葉じゃ伝えられないこの想いは、きっと音として俺の唇から漏れることもなく。

泡となって消えてくれることもなく、ただ、奥深くに蓄積されて、いつかその重さに耐えきれなくなったときに崩壊する。


嫌味なほど純白なドレスに身を包んだ宇田が誰かと、そうだ、たとえば茅根と、腕を組んでいる晴れた日の様子を思い浮かべるのは簡単なこと。

幼馴染であり同級生であり上司と部下の関係である俺は、無表情のまま友人代表スピーチをこなす。

それでも俺は泣いたりしない。ちっとも心の込められていないおめでとうをそれらしく吐き、その冷えた温度に気付きながらも宇田は大袈裟に喜んで見せるのだ。


そして新婚旅行にも行かず、2日後何事もなかったかのように出勤する宇田と俺は何も変わらない、社長と副社長。離れない距離に安心しながら、近づかない距離を嘆くだけ。

その直後に俺も、会社に貢献できそうな相手を見つけて籍を入れる。それはきっと同じ位置に立っていたいという男の見栄と、墓まで持っていく秘密になるだろう大きな嫉妬だ。


宇田が旦那に抱かれているのを想像して、俺も奥さんと呼ばれる女を抱くのかもしれない。

< 44 / 207 >

この作品をシェア

pagetop