振り返って、接吻
茅根は、宇田がスカウトして秘書になった、俺らの同級生だ。ちなみに大学では、俺と宇田は経営学部だが、茅根は法学部に在籍していた。あいつが法学部って、なんか笑えるけど。
同級生だから、俺らと同じ28歳。そんなわけで友人の延長みたいなものだし、俺が一応は上司である宇田を全く敬っていないように、彼も俺を敬っていない。なんなら、舐めてるとしか思えない。
「今日の取引先の方が、副社長のこと婿に欲しがってたよ」
「うざい」
「そのひとの娘が由鶴くんの写真見たら一目惚れだってさ」
楽しそうに話す茅根は、どことなく俺の表情を見透かすようで気持ち悪い。気持ち悪い奴の秘書をしているからそうなるのかもしれない。かわいそうに。責任を持って、俺が辞めさせてあげなきゃ。
「で、社長は、優位になる取引のために俺を差し出したわけ?」
空になったマグカップを置くと、がつんと鈍い音がした。思ったより強く置いてしまったらしい。
そんな俺の様子を見て、なおさら愉快そうに微笑む茅根。だめだ、もう手遅れ。宇田に限りなく近い人間になってきている。
「安心してくださいよ、社長は由鶴くんにベタ惚れなんですから」
そうだろうな、知ってるよ。
俺が、仕事のできる人間でいるうちは、宇田は俺を離さないだろう。ずっと一緒にやってきた俺しか、知らないから。俺しかいないと信じ込んでいるに違いない。