神殺しのクロノスタシスⅤ〜後編〜
「えっ…。えっ…。…え?」

言葉を失うシルナである。

その気持ちはよく分かる。

「い、いろり…!帰ってきてたのか…!?」

こいつ、今まで何処にいたんだ?

いや待て、その前にもう一つ。

「マシュリは?マシュリは何処に行った?」

さっきまで、マシュリもそこにいたよな?

まるでマシュリといろりが入れ替わるように、ソファに座ってんだが。

マシュリは何処だよ?

「え、何?僕がどうかした?」

マシュリの声がした。

あ、いたんだ…。え?でも何処に…。

姿が見えないんだが…?

「ここだよ、羽久・グラスフィア」
 
「え、ここ…ここって…」

声がした方に視線を下げると。

ソファに座ったいろりが、こちらをじっと見上げていた。

…。

…なぁ。

…今、この猫…喋らなかった?

俺疲れてるんだろうか。猫が喋るなんて。

ましてや、その猫がマシュリだったなんて。

多分疲れて、頭が幻覚を見せているんだろう。働き過ぎだな。

…しかし。

「い、いろりちゃんが…喋った!?」

シルナもびっくりしてるから、どうやらこれは俺だけが見ている幻覚ではないようだ。

「ま、まさか…いろりちゃんって…マシュリさんだったの?」

「化け猫ですね」

天音とイレースが、続けてそう言った。

…え、マジで?

イーニシュフェルト魔導学院のマスコットキャラ、いろりが…マシュリ?

それってどういうこと?

「…お前…いろり?いろりだよな?」

「うん」

やっぱり喋ってるぞ、この猫。

イレースじゃないけど、化け猫だ。

「…マシュリは?マシュリは何処に行った?」

「ここにいるよ」

何処だよ。

「…いろり、お前は…マシュリなのか?」

「逆だよ。マシュリがいろりなんだよ」

「…」

「…よっ、と」

いろりはひょいっ、とベッドから飛び降り、器用にくるりと一回転。

ぽふん、と音がして。

メタモルフォーゼとばかりに、いろりはマシュリに姿を変えた。

「これで分かった?」

「…」

…何だろう。

人間、あまりにびっくりすると…逆に冷静になるって言うか。

思ってるほど狼狽えないもんだな。

俺だけかもしれないが。

これでも、頭の中はパニックになってるんだぞ。

いろりがマシュリで、マシュリがいろりで…それで何だっけ?

うん。よく分からなくなってきたから、もう考えるのやめるか。

「羽久さん、それを思考停止って言うんですよ」

ナジュが俺の心を読んで、そう言った。

うるせぇ。

俺はお前みたいにな、心を読んで事情を把握するなんて芸当は出来ないんだよ。

むしろお前、知ってるなら、俺の代わりにこれはどういうことなのか説明してくれ。

本当。訳分かんないから。俺。
< 195 / 699 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop