冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 みんな、もう帰り支度をはじめているので誰かの見送りかもしれない。

 蛍はまた廊下に出た。お手洗いとは逆の方向に進んでいると、ある部屋の扉が少し開いていることに気がついた。無意識にちらりとなかを見る。

(あ、左京さんだ)

 後ろ姿だけれど、あのライトグレーのジャケットは左京のものに間違いないだろう。扉の開き具合の関係で彼がひとりなのか誰かと一緒かはわからなかった。でも、ここは左京の自宅ではないのでひとりで勝手に部屋に入ることはなさそうだし、誰かと話をしているのだろうと想像はついた。

(先に玄関で待っていよう)

 そう思って通りすぎようとしたとき、「海堂治郎の隠し子」という単語が蛍の耳に飛び込んできた。確証はないけれど、当主である政平の声に思えた。

(私の話?)

 気になってしまい蛍の歩調は無意識に遅くなる。

「いいコマを手に入れたな。あの娘をうまく使って、なんとしてでも赤霧会をつぶせ」

(コマ……)

 菅井家にとって自分は〝普通の嫁〟とは違うことは十分に理解していたつもりだけど、先ほど優しく対応してもらえたぶん少しショックではあった。

 そこに、続く政平の言葉が追い打ちをかける。
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