冷血警視正は孤独な令嬢を溺愛で娶り満たす
 まるで周囲に聞かせるような、やけに大きな声が響いたのと同時に誰かに肩を抱かれた。自分を尾行している男に違いないと思った蛍は恐怖に声も出せなかった。膝がガクガクと震える。

「俺に合わせろ。こっちが気づいていることは悟られるな」

 耳元でささやかれて初めて、蛍は肩を抱く男の顔を確認した。見覚えのあるその顔は赤髪の男ではない。

(あのときの!)

 美理いわく『手を繋いでの逃避行』をともにした相手だった。

 彼はグッと蛍の肩を抱き寄せて歩き出す。恋人を偽装しようとしていることは蛍にも理解できた。なので、彼の手を払いのけることは我慢した。

 けれど彼はそれだけでは不満のようだ。眉間にシワを寄せて言う。

「硬直しすぎ。それじゃ連行される容疑者にしか見えないぞ」

 そんなことを言われても、恋人同士の歩き方なんて蛍は知らない。たとえ知っていてもこの状況で平然と演技などできるはずもない。

 蛍に甘い笑みを浮かべるふりをしながら、彼はさりげなく後方に目を光らせた。「しつこいな」と小さくつぶやいたのが聞こえたので、尾行男はまだいるのだろう。
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