スカウトしたはずのイケメン御曹司からプロポーズされました
 私たち、つまり私と同じように動揺して固まっていた文乃さんを巻き込むため、背後から急き立てるような形で店まで誘導し、自動ドアが開くと同時に現れたスタッフの力も借りて、あっという間に席に着く。
 ここまでは彼女の話術というより度胸の賜物だろう。気付けばチェーン店のギュッと詰まったテーブル席の並びに、どうにも不釣り合いなご婦人が座っている。座面に合皮を張った木製の椅子はクッション性が皆無で、今の我々の居心地の悪さをそのまま表しているように思えた。
 何も知らない態のまま、奈央子は三人分のコーヒーと季節柄オススメらしいイチゴのミルフィーユを注文し、改めて自己紹介を始めた。彼女に促され、我々も形ばかり自分の名前を口にする。
 ――茶番だ。
 と、思っているのに流れに逆らうことができない。
 すぐにコーヒーとケーキが運ばれてきたが、手は付けられなかった。代わりに奈央子が隣で目一杯はしゃいでみせる。
「深雪さん、食べないんですか?」
「いや……」
 言葉に詰まり、目の前の黒い液体をじっと見つめる。一杯百五十円ほどの安いコーヒーでも、香りだけは悪くない。
「どうかしました?」
 無邪気に小首を傾げる奈央子の仕草に、私は少々呆気にとられた。全て分かっているくせによくそんな顔ができたものだ。
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