まがいもの令嬢なのに王太子妃になるなんて聞いていません!
 国民の方を向いて執政しているアドルディオンに対し、ハイゼン公爵は自分や近しい貴族たちの利益を優先させる。根本的な考え方が違うのだ。

 問題が生じた途端に大橋の改修工事の責任者を勝手に下りた公爵に嘆息した。

『殿下のご活躍の噂は辺境の地まで届いているそうですぞ。陛下のご体調が誠に気がかりでございますが、殿下がいらっしゃる限りこの国は安泰ですな。実に頼もしくなられた』

 それは先週の議会後にハイゼン公爵からかけられた言葉だ。

(うやうやしい態度だったが、心にもない発言だったようだ。安易な手段で責任を逃れられると思うとは。父上から政務の全権を任されて二年が経っても、俺はまだ見くびられているらしい)

 公爵に問いただすまで追加予算は出せないと羽根ペンを置いた時、ノックの音がした。

「入れ」

 声をかけるとドアが開いて、近侍のジルフォードが入ってきた。

 五つ年上の二十八歳で、肩下までの黒髪をひとつに結わえた見目好い青年である。

 九年ほど前、王太子の政務を補佐していたハイゼン公爵を別機関に異動させて遠ざけたのち、側近として採用したのがジルフォードだった。

 王立大学の理事長を務める父を持つ彼は平民で、それを快く思わない貴族もいるが、アドルディオンは少しも気にしない。

 大切なのは実務能力で、ジルフォードほど有能な近侍はいないだろう。

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