凄腕外科医は初恋妻を溺愛で取り戻す~もう二度と君を離さない~【極上スパダリの執着溺愛シリーズ】
宏輝さんは笑みを浮かべ、私の髪を撫でるだけでもう何も教えてくれようとしなかった。
宏輝さんの仕事……というかドクターのお仕事は、本当に激務のようだった。連続して三日ほど帰ってこない日もある。それでも私が不安を抱かないよう、細心の注意を払ってくれていることは分かったしつたわってきていた。
『出かけるときは必ず車に乗って欲しい』
車、とは私が運転する車じゃない。上宮の家に昔から勤めている、私も顔見知りの運転手さんが運転する黒塗りの外国車だ。それもセダン。お偉いさんが乗るような車に、祐希用のチャイルドシートがつけられている。
わざわざ呼び出して車に乗るのも気が引けて、あまり出かけていない。けれどこのタワーマンション、なんでも揃っていた。プールまであるスパやジム、空中庭園つきのカフェにキッズルーム、図書室に小さなシアターまで。
「ほとんど外、行かなくなりますよね〜」
ひろびろとしたキッズルームで出会った、同じ年齢くらいのお子さんを連れた女性に言われて苦笑する。ネットスーパーはもちろん、コンシェルジュさんに頼めば大抵のものは買ってきてもらえる。だからこそ宏輝さんは私を住まわせるのにここを選んだのだろうとぼんやりと思う。
祐希のお気に入りは空中庭園にある温室だった。様々な南国の植物が咲き乱れ、その花々の間を色とりどりの蝶が舞う。
「ちょー」
抱っこしている祐希が指をさす。
「本当だ、ちょうちょだね」
私が答えると、祐希は伝わったのが嬉しいのか、なんども「ちょー」「ちょー」と指差しを繰り返す。そんな仕草が可愛くて、そっとその頭に頬を寄せた。
温室のガラス越しに、五月の空が見える。雲ひとつない、青空だった。
「茉由里」
ふと懐かしい声がして振り向く。そこにいたのは美樹さんだった。目を丸くする私に彼女はあっという間に距離を詰めて、がばりと祐希を抱っこしている私を抱きしめた。
「おかえり、おかえり茉由里……!」
「み、美樹さん……なんで」
「仕事で海外にいたの。宏輝にあなたが東京に戻って来たと聞いて、帰国した足で来たの。ああ、顔を見せて……」
嬉しそうに美樹さんは私の頬を撫でる。それから祐希に微笑んだ。
「こんにちは。美樹おばちゃんよ。でもおばちゃんなんて呼んだらお尻叩くからね」
「おちり?」
「おちり、おちりよ。ぺんぺんなんだから。ああかわいい、早く会いたかったの。本当よ」
眦を下げ切って甥である祐希に頬擦りする美樹さんに戸惑う。
「どうして……美樹さんは北園さんと、その」
仲が良かったんじゃ。
言いかけて言葉を濁す。そういえば宏輝さんが『北園を監視するためだ』って……。
北園さんの名前を聞いた美樹さんは思い切り顔を顰めた。
「あの女はね、ろくでもないわよ。蛇みたいな女なんだから」
「蛇……?」
全くイメージにない言葉に美樹さんは頷く。
「外面だけは最高にいいわね。あ、もしかしてインタビューとかテレビとか見た?」
おずおずと頷くと、美樹さんはウェーブのかかった長い髪をかきあげる。
「あのね、あの女の語った内容は百%、嘘よ。宏輝はあの女との婚約に了承していないし、デートなんか一度だってしてない。仕事の関係で会わざるをえないときは、あたしか早織さんが同行してる」
目を丸くしている私に美樹さんはにっこりと微笑んで言う。
「ねえ、お土産があるの。カフェでお茶でもしましょ」
美樹さんとのカフェのあとに部屋に戻り、祐希のおむつを変えながら情報を整理した。
いまわかっているのは、北園華月さんと宏輝さんは婚約なんかしていなかったということ、北園さんはなんらかの理由で宏輝さんたちから監視されていたということ。
「わからない……」
祐希にズボンを履かせながらため息をついた。
結婚を決意できたわけでもないのに、私に全て明かされていないことに苛つきを覚えた。そんな権利がないのは承知しているのだけれど、わからないままただ守られているのはどこかムズムズしてしまう。
そのまま祐希にねだられて絵本をよみだしたとき、携帯に着信があった。私は見慣れない番号に眉をよせつつ、ゆっくりと通話に出る。
「──はい」
『こちら松田茉由里さんのお電話で間違いないかしら?』
綺麗な声だった。一瞬聞き惚れてしまいつつ「はい」と返事をする。祐希はラグの上でおもちゃを引っ張り出して遊んでいた。
『あたし、北園華月と申します』