旦那様と恋の駆け引きは、1年契約
5話 9月の文化祭は、ニアミスの予感
〇新居 夜・文化祭前日

風呂上がりの優依。
ドライヤーで髪を乾かしている途中、秀人に話しかけられる。

秀人「ねぇ。明日、文化祭なんだって?」
優依「う……」

優依、言葉に詰まる。

優依(なんで知ってるの……?)

秀人、不満そう。

秀人「教えてくれたっていいのに。俺、チームメイトから聞いて初めて知ったんだけど」

優依、落胆。

優依(チームメイトかぁ……!それは口止めのしようがないよね!サッカー部の知り合いなんて、私にはいないし!)

優依、苛立ちながら開き直る。

優依「だって……恥ずかしいから……」
秀人「なんで?」
優依「クラスの出し物……メイドと執事喫茶で……」

優依、言いづらそうに言葉を濁す。
秀人、眉を顰める。

秀人「なにそれ。優依が恥ずかしがる理由、ある?」
優依「私がメイド服着て接客すると知ったら、秀人くんはずっとうちのクラスで、働く様子を見守ってるでしょ……?」
秀人「当然だよね」

頷く秀人。ドライヤーで髪を乾かすのをやめて、優依は焦った様子。

優依(それが嫌なんだってば……!)

狼狽える優依。
秀人、手を差し伸べる。

秀人「俺の分は?」
優依「な、なんのこと……?」
秀人「文化祭って、招待制なんだろ。チケットがないと入れない。在校生のチケットは、1人5枚配布されてる。俺の分、あるよね?」

有無を言わせぬ笑顔を見せる秀人、優依、冷や汗だらだら。

優依「秀人くんの分は、ないよ……!」
秀人「あるよね?」
優依「あは、あはは……。全部配り終えちゃって……余りがないんだ……」

優依、引き攣った笑みで応戦。
秀人、口をへの字に曲げる。

秀人「へぇ。ないんだ。俺の分」
優依「ごめんね……?」
秀人「謝って済んだら、警察はいらないんだけど」

静かな怒りを表す秀人、優依は震え上がる。

優依(怖……っ!)

引くに引けなくなった優依、ジリジリと後退。

優依「ほ、ほんとにごめんね!明日は家で、ゆっくりしてて!」

優依、自室へ避難。
リビングに残された秀人、スマホを操作。

秀人「馬鹿だなぁ。俺から逃げられるわけがないのにさ」

秀人が手に持つ、スマホの画面がアップになる。

秀人・メッセージ画面『文化祭のチケット、1枚譲ってくんない?』

秀人、メッセージの返信を待たずに携帯を仕舞う。
窓から見える月を見つめる後ろ姿。

秀人「明日が楽しみだな……」


〇学校 昼・文化祭当日

2-Aのクラス。
女子生徒はメイド服、男子生徒は燕尾服に身を包む。
優依、入口で客を出迎える。

優依「御主人様のお帰りを、心よりお待ちしておりました!」

元気いっぱいに、客を席へ案内。

優依(文化祭当日。2-Aのメイド執事喫茶は大盛況!)

頭を下げ、調理担当が待つ隣の部屋へ移動。

優依(お客さんがひっきりなしにやってきて、バイト未経験の私はヘトヘト)

お皿に並べられたショートケーキと、コーヒーの注がれたカップを手に取り、お盆に乗せる。

優依(もう少しで、私の当番は終わり。最後まで気を抜かずに、頑張ろう!)

隣の部屋から2-Aの教室へ戻り、お盆に載せて運ぶ。

優依「御主人様!お待たせ致しましたー!」

優依、元気よく挨拶。
お盆に載せたショートケーキとコーヒーを提供。頭を下げる。

優依(あ、あそこの席が空席だ。次のお客さんを案内しなくちゃ!)

空席のテーブルを確認。
新規の客を案内する為、出入り口に向かい気づく。

優依「御主人様の……!?」
秀人「愛しの旦那様が顔を出したのに。その反応はないだろ。メイドさん」

優依、秀人を見て驚愕。

優依「なんで!?」
秀人「俺が優依のメイド姿を、見逃すはずないだろ」

秀人の笑顔を呆然と見つめる優依。
クラスメイトの視線が集中する。

優依「席、案内してくれるよね」
秀人「も、もちろんです。旦那樣……」

優依、引き攣った笑み浮かべながら
秀人を空席へ案内。

優依(どうやってチケット、手に入れたんだろ?困惑して、言い間違えちゃった……)

旦那様と御主人様を言い間違えてしまい、焦る優依。
先程までキビキビと快活に働いていた様子を見ていた秀人、興味深そうに優依へ話しかける。

秀人「この店って、注文さえすれば何時間でも居座れる?」
優依「他のお客樣へご迷惑になるので、長期間のご利用はご遠慮頂いています」
秀人「ふーん。そろそろ交代の時間だって聞いてるけど」
優依「その情報は、一体どこで手に入れたの?」
秀人「秘密」

人差し指を口元に当て、微笑む秀人。

優依(それって一番、大事な所だよね!?)

優依、心の中で突っ込む。
信じられないものをみるような目で秀人を見つめる。

秀人「優依の支度が整うまで、俺はずっとここに居座るから。よろしく」

悪びれもなくさらりと宣言された秀人、絶句。

優依(そんなの、あり!?)

目を白黒させた優依。近くを通り掛かったメイド服姿の美智子に、目線だけで助けを求める。

美智子「優依。いつまで油売ってるの。給仕が溜まってるわよ」
優依「美智子ー!」

優依、敵前逃亡。美智子に泣きつく。

美智子「はいはい。怖かったわね」
優依「秀人くん、私の当番が終わるまで待ってるって……!」
美智子「早めに上がらせてもらいなさい」
優依「やだよ……!メイド服姿で、秀人くんと並んで歩くなんて!」
美智子「何事も、諦めが肝心よ」
優依「いーやー!」

優依の叫び声が、虚しく響き渡る。

優依(秀人くんに見守られながら、メイドとして働くこと10分弱。私は彼と共に、帰路へつくことになった)


〇文化祭 校舎内 階段

2階から1階に続く階段を、並んで下る2人。

優依「退屈だったでしょ?」
秀人「俺は楽しかったけど」
優依「ほんとかなぁ。私が給仕してる姿を観察しているだけで、秀人くんは楽しめるの?」
秀人「楽しめるよ。優依、バイトしたことないだろ。飲食店でバイトしてたら、ああいう感じなんだろうな」

遠くを見つめる秀人。
優依、秀人が言い表している状況が分からず困惑。

優依(どんな感じ……?)

秀人、優依の困惑に気づく。

秀人「優依に変な男が寄ってきても困るから。バイトなんて、させないけど」
優依「男の人なんて、寄ってこないよ。秀人くんは心配性だね」
秀人「当たり前。俺は世界で一番、優依を愛しているから」

優依、秀人から愛を囁かれることに慣れてきた。愛の告白はスルー。

優依(秀人くん、お金持ちだもんなぁ……)

秀人と同じように、遠くを見つめる優依。

秀人「ねぇ。優依は、俺のこと……」
優依「君和?」

決意を秘めた表情で、何かを問いかける秀人。
優依、目の前を通り過ぎた君和の後ろ姿を見て、呆然。

秀人「兄貴?」
優依「君和……!」

階段を駆け下り、走り出そうとする優依。
秀人、優依を止めるため手を伸ばす。

優依「秀人くん……!離して!君和が!」
秀人「離さない」
優依「早くしないと……!」

揉み合いになりながら、階段を下り切る。
秀人の静止を振り払い君和の後を追いたい優依。
秀人の力には勝てず、壁際に追い込まれていく。

秀人「行かないで」
優依「退いて!」
秀人「行くな」
優依「お願いだから……!」
秀人「優依」

優依、壁に背中をつける。
秀人、壁に両手をついて逃げ道を塞ぐ。
壁ドン。見つめ合う二人。

秀人「約束したよね。優依は、1年契約の花嫁になるって」
優依「それ、は……」
秀人「もう、忘れたの?兄貴は優依を捨てて、他の女を選んだんだけど」
優依「そうかも、しれない……。でも……」

視線を反らす優依。

優依(あの時私は、秀人くんの妻になるしかなかった。私は今でも、君和のことが……)

秀人、優依の目線を追いかけ、無理やり目を合わせて宣言。

秀人「よそ見しないで。優依の旦那は、俺だよね」

有無を言わせぬ秀人の物言い。
優依、諦めたように目を瞑る。

優依(……私は、秀人くんの妻だ。君和の背中を追いかけることなど、許されない……)

優依は返事をすることなく、秀人の背中へ腕を回す。
優依の頬から、一粒の涙が零れ落ちた。
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