忘却の天使は溺愛に囚われて
大学生? それとも働いているのだろうか。
昨日会ったばかりで、朔夜さんのことを何も知らない。
これから少しずつ知っていけたらいいな。
朔夜さんのことも、カンナという人のことも。
「いや、俺はあとで入るから大丈夫だ」
「よくないです! 朔夜さんがお風呂入っている間に片付け済ませて待っているんで、ゆっくりしてきてくださいね!」
笑顔で朔夜さんの背中を押すと、突然彼がくるっと振り返ったかと思えば、ギュッと私を抱きしめる。
「さ、朔夜さん……⁉︎」
「本当に待ってるのか」
「え……」
どこか不安げな声に焦りが消える。
力強い抱きしめ方は絶対に離さないと意思表示されているようだ。
そこで理解した。
朔夜さんは私がいなくなりそうで怖いんだ。
正確には、“私”ではなく“カンナ”という女性を重ねて……。
まるで夢から醒めたような感覚に陥る。
イケメンに尽くされて幸せ者とすら思っていたけれど、朔夜さんは“私”に対してそう接しているわけではないのだ。
もちろん、朔夜さんがわざとそうしているわけではないし、最初に条件を出した通り乙葉として接してくれているつもりなのだろう。
それでも簡単にできるはずがなく、無意識のうちに私を通して“カンナ”の面影を探しているのだ。
たとえ“カンナ”ではなくても離したくなくて、そばにいてほしいのだと。
ああ、“カンナ”という女性はとても愛されているんだな。
それなのに、朔夜さんを不安にさせるくらいすぐにいなくなるような人なんだ。