忘却の天使は溺愛に囚われて


 やばっ、見過ぎだ……!
 慌てて視線を逸らしたけれど、絶対バレたよね……?

 恐る恐る女性を見ると、なぜか彼女は……目を見張り固まっていた。
 何か驚くことがあったのか、手に持っていた鞄を落とすことにも気付いていない様子だ。

「どうして……」
「え……」

 気のせいだろうか。
 先ほどから見つめられているような……。

「どうして、あなたがここにいるの……?」

 女性の声が震えている。
 鞄も拾わず、私の元に近づいてきた。

「ねえ、教えて。今更どのツラ下げて帰ってきたの? あなた、自分が何をしたかわかってるの?」

「あの、いったい何の話ですか……」
「いい加減にして! どれだけ朔夜を傷つけたら気が済むの⁉︎」

 ドクンと、心臓が大きな音を立てる。
 今、彼女はなんて……?

 確かに朔夜さんの名前を口にした。
 じゃあ彼女は朔夜さんと関係のある人で、“カンナ”を知っている……?

 戸惑いのあまり言葉を詰まらせていると、テーブルの上に置いてあったコップの水を思い切りかけられる。

「ちょっ、なんですかあなたは! 急にこんな……」

 慌てて友達が間に入ってくれたけれど、女性は私を鋭く睨みつける。

「あんたはそうやっていつまでも黙ってるつもり⁉︎ 勝手にいなくなって、散々朔夜を苦しめて……もしかして朔夜に会ってないよね? 言っとくけど、あんたが朔夜に会う資格なんてないから。二度と姿を見せないで!」

 女性はそのまま店を後にする。
 私は呆然とその後ろ姿を見つめるだけしかできなかった。

< 33 / 43 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop