火炎
第2章
第2章

 あたしは新入生歓迎会に向かう電車に乗った。いろいろな人を観察してみた。幸せそうなカップル。お母さんと小さな男の子。女子高生2人組。仕事帰りのサラリーマン。
「(このなかには、あたしみたいな罪人はいないんだ)」あたしは苦しくなって、息が苦しくなった。涙をこらえているあたしを、誰1人見向きもせず、各々の人生に集中している。
 新入生歓迎会の待ち合わせ場所につき、先生も新入生も、先輩もみな集まっていた。あたしはギリギリだけど何も言われなかった。もし、先生があたしの汚れた毎日を知れば?先生はあたしがほとんど大学にきていないことも知らなくて、ゼミにだけ顔を出していた。先生は、新入生の男の子と話していた。
 「始めまして。新入生の雪人です」と、たまたま向かい側の席になった男の子はあたしに自己紹介をした。
「わたし、真子。よろしくね」その子を見ると、どうみても高校生で、子供で、まあ新入生というのはそういうことだが、あたしは癪にさわる。
「(この男の子はなんにも知らないんだ。いいなぁ。あたしが壊してあげようか…」あたしは衝動を抑えながら黙りこけて、雪人くんも緊張して石のように押し黙っていた。

 次の日、ゼミだったのでキャンパスに向かう。あたしは、大学中の噂だった。夜中に危なそうな男と歩いてたとか、ネットであたしの裸の写真が出回ってたとか。あたしはあばずれで何人も男を手玉にとってるとか。
 誰もあたしに挨拶なんてしない。プラタナスの並木道が影をおとし、あたしの影とつながる。初夏のさわやかな風が、あたしを包む。
 「あ、真子さん。こんにちは」あたしに1人だけ声をかけた男の子、それが雪人くんだった。へえ。しらないんだ、あたしのこと。
「こんにちは、雪人くん。大学はなじめた?」
「まあぼちぼちっすね。真子さん今からゼミですね。まだちょっと時間ある」
「うん」すると、風が起こって、プラタナスの葉が落ちてきて、あたしはそれを手で受け止めた。
「葉っぱ。綺麗ですね」雪人くんが言った。
「うん。プラタナスの葉だよ」
「プラタナス?」
「すすかけ、ともいうよ」
「そうなんだ!真子さんって物知りですね」雪人くんはあたしに笑いかけた。あたしは魂の焼けるような眼差しで、雪人くんをみつめた。あたし自身も何を思ったのか、何を考えたのか、わからなかった。ただ、彼を求めるあたしの中のなにかが、あたしにそんな眼差しをおくらせたのだ。
「どうしたんですか?」
「え?」
「またしゃべりましょ?行きます?」
「うん」あたしたちはゼミに向かった。
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