火炎
第3章
第3章
 あたしと雪人くんは、少しずつ
学内で立ち話をするようになった。雪人くんは、あたしのことをあばずれ扱いせず、知性のある1人の人間として扱ってくれた。
 「へえ、真子さん、ゆに下川に住んでるんだ。あの辺、危ないでしょ。正門側は安全だけど、裏門の方は変な人でやすいでしょ」あたしは《変な人》という響きにどきりとした。
「うん……でも、住みはじめちゃったから、あんまり気にしてないかな」
「気をつけてくださいね」と雪人くんは優しく笑った。
 雪人くんは、哲学者だった。
「今朝生まれた赤ん坊と、落ちている枯葉には同じ意味があると、僕は思います」雪人くんの不思議な哲学に、しばしばあたしも参加することになった。
「そうなんだ。じゃあ、銀杏の実をつけるイチョウに価値はあるかしら?実は堕ちて腐りかけているのを踏まれる。そうしてみんなから厭われる。銀杏はね、雪人くん。雌(めす)の木が落とすの。本当は道には、銀杏を落とさない、雄(おす)の木しか植えないんだけど、間違って雌の木が混じることがあるんだって。迷惑じゃない?」
「木のせいじゃないでしょう。それは、木が生きているということの証ではないですか?」
「そうだね」
 ことあるごとに私たちは語り合った。
「私って何のために生きてるんだろうね」と。
 雪人くんは言った。
「え?うーん、そうですね…人生は、いつから、手元にあるのか?いえ、人生など、最初から手の中にありません。手に負えない代物です」
「そっか。私はね、償いなんだ。私が私である、償いを、させられてるの」
「何のことですか?」
「なんでもない」そして、雪人くんは、また話を聞かせて欲しい、と云った。
 秋が深まっていた。冷たい風があたしたちを吹きつけていた。そして、雪人くんは、コーヒー、飲みません?と言った。あたしたちは学食に向かうことにした。
< 3 / 6 >

この作品をシェア

pagetop