離婚記念日
高速を走らせ3時間。
ようやく伊豆に着いた。コンビニに車を止め、雑誌に載っていたカフェを検索する。
時間はすでに20時近い。すでに閉店している可能性が高いだろう。それでも莉美のそばに行きたくて無我夢中だった。まるで10代のような唐突ぶりだ。
閉店していたとしても莉美を感じたいと車を店の前まで寄せた。
店は閉店していたが、奥から明かりが漏れていた。まだ人がいるのかもしれない。一縷の望みをかけ、ガラス戸をノックした。

コンコン……。

誰も出てこない。諦めきれず、もう一度だけノックをした。
すると中から写真の男性が現れた。

「どうしましたか?」

「遅くにすみません。雑誌で過去を拝見しました。片寄と申しますが、莉美さんに会いたくて来ました」

「え?」

「古くからの知人なんです。ずっと会えていなくて、雑誌を先ほど見て、いても立ってもいられずにここまで来てしまいました」

俺のただならぬ様子に男性は唖然としていたが、中に入れてくれた。
近くの席に案内されると、「ちょっと待ってて」と言われる。
言われるがままに座り込むと店内をキョロキョロと見回す。ここが莉美の働いている店だと思うだけで感慨深いものがあった。

「はい、どうぞ」  

暖かいコーヒーと小さなケーキが目の前に置かれる。
春とはいえ夜は少し肌寒く、温かいコーヒーを有難く口にした。

「ありがとうございます」

男性も目の前に座りこむと、手にしていたコーヒーに口をつけた。

「それで、莉美ちゃんとはどういった関係ですか?」

ストレートな質問に俺は正面から正直に伝えた。

「以前結婚していました。私は離婚はしたくなかった。でも自分の至らなさで莉美を追い詰めてしまったのだと思います。きちんと話したいんです」

「でも莉美ちゃんは話したいと思っているかわからない。私は彼女のことを娘のように思っています。そんな彼女の意思を尊重したい。ただあなたが突っ走って彼女に会うことを賛成はできない」

とても冷静な声だった。そしてその通りだと思った。
あれから3年が経ち、あの頃の気持ちを引きずったままなのは自分だけかもしれない。彼女はもう違う方向を向いてしまっているのかもしれない。
でも……それでも俺は彼女に会いたい。

「そうですね。でも、それでも俺は彼女に会いたい。謝りたいんです」

膝の上に置いた握りしめる拳を見ていると不意に涙が落ち、ハッとした。

「すみません」

慌てて手でぬぐった。

「彼女には恨まれているかもしれません。波風を立てたくなくて隠していたことが、結果として彼女を傷つけることになってしまいました。信頼を失ってしまったのかもしれません。なので彼女を解放するために離婚届にはサインをしました。でも、私はずっと彼女のことを想ってます。忘れた日は1日もないんです」

情けないことに話しているうちにまた涙がこぼれてしまった。すると正面に座っていた男性は私の肩を叩いてくれた。

「辛かったな」

その言葉にまた私は肩を振るわせた。

「でもその辛さがあって今の君があるんだろう。ただ、莉美ちゃんのことは本人の意思を尊重させてほしい。彼女だって相当傷ついたんだ。だから君の気持ちもわかるが、それだけで会わせる訳にはいかない。すまない」

「いえ、いいんです。彼女の気持ちが1番ですから。いつか迎えに行けるように、と努力して来たつもりです。でもそれは彼女にとって知らなくて良い話です。ただ、会いたいんです」

男性は頷くとまた俺の肩を叩き、「わかった」と一言口にした。
連絡先を伝え、立ち上がると店を出た。
店の外で頭を下げ、莉美が明日もここで働くと思うと帰りたくない気持ちになってしまうが、先ほどの男性の言う通り、莉美の気持ちを尊重しなければと思った。後ろ髪引かれる思いで店を後にした。
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