赤金の回廊 ~御曹司に恋した庶民令嬢は愛に惑う~
 お嬢様らしくと腰まで伸ばした黒髪は陰鬱に見える。顔も化粧も平凡で服装は地味だ。愛姫のような華やかさは微塵もない。
 おしとやかね、と母は褒めてくれるが、身内の言葉なんてあてになりはしない。
 左手の薬指を見る。
 指輪は一人前になってから渡したい。
 将周はそう言い、千枝華は了承した。
 だからペンダントやピアスは誕生日やクリスマスなどにもらっていたが、指輪だけがまだだ。
 本当は結婚したくないのだ、という意思表示なのだとしたら。
 ふいにそんなことを思いついてしまい、ぞっとした。
 考え過ぎだ、と自分を戒める。
 だが、それは頭の隅にはりついて、離れなくなった。
 私ならそんな思いをさせない。
 大和の言葉が蘇る。
 どうしてこんなときに。
 千枝華は動揺する。そこに付け込むように、どんどん言葉が蘇る。
 私は君が好きだ。
 君のために社長になったんだ。
 私ならすぐに結婚して離さないのに。
 柔らかな栗色の髪に、甘い顔立ち。すぐに挑発するようなことを言うくせに、ひとたび笑顔になると柔らかく包み込むような温かな空気になった。
 将周はいつも優しいが、大和のような情熱的な言葉はくれない。
 それでも愛されていると思っていた。優しさこそが愛の証なのだと思っていた。
 本当に彼は自分を愛してくれているのか。
 胸の奥がぎゅっと痛くなる。
 大和に会ったことを言ったら、将周は怒るだろうか。怒ってくれるだろうか。
 いつも彼は優しい。怒ることはないのかもしれない。
 それはむしろ、彼女に無関心ということにはならないか。
 愛がないほうが人には優しくできる。
 大和の言葉がまた蘇る。
 年月を重ねて過ごした日々を、心はそんな簡単に裏切るのだろうか。それとも、最初からそんな心などなかったのだろうか。
 将周がアメリカに留学に行ったときははるばる会いに行った。
 だが……。
 思い出して、胸が痛む。
< 15 / 42 >

この作品をシェア

pagetop