赤金の回廊 ~御曹司に恋した庶民令嬢は愛に惑う~
「すみません、一緒に来てくれませんか」
 女性は真摯な表情で千枝華に言う。
「社長が倒れたときの様子をお医者様に説明してほしいのです。この方、いつも無理して嘘をつくので」
「信用ないなあ」
 大和が苦笑した。
「申し遅れました、社長の秘書をしております園屋貴美子(そのやきみこ)と申します。あなたのことは伺っております」
 貴美子が頭を下げた。
 彼は自分のことをどう話しているのだろう。困惑する千枝華をよそに、貴美子は後部座席のドアを閉め、声をひそめた。
「社長は命に係わる病気が発覚しまして」
 千枝華は息をのんだ。
「どれくらい生きられるかわからない、だったらもう好きに生きる、と言い出してしまったんです。急なあなたへのアプローチもそれが原因です。婚約者がいても構わない、気持ちを伝えることすらできないなんて、とおっしゃって」
 女性の目に涙が浮かんだ。
「すみません、急にこんなこと言われても困りますよね」
 千枝華はただ首を振った。
 大和はいつもつかみどころがなくて、千枝華を振り回してばかりだ。そんな病を持っているようには見えなかった。
「きちんと治療を受ければ治る可能性もあるのに、自暴自棄になってしまわれて。あなたがついてきてくれればおとなしく病院に行くと思うんです。どうか、お願いします」
 貴美子が再び深々と頭を下げた。
 では、あの強引さも先がないと思ったがゆえのことだったのだろうか。
 千枝華はしばらくの逡巡ののち、頷いた。
「病院までなら一緒に行きます」
 運転手も秘書の女性もいる。二人きりではない。病院までなら問題ないだろう。帰りはタクシーを拾えばいい。
 貴美子は顔全体に安堵を浮かべて、また千枝華に頭を下げた。
 車に乗り込む千枝華を、また誰かが写真に収めていた。

 車は静かに発進した。
「かかりつけの病院は少し距離があります。ご了承ください」
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