紅色に染まる頃
「はー、なんかすっきりしたわ」

廊下を歩きながら、紘が腕を伸ばして伸びをする。

「さすがは美紅だな。よっ、男前」
「ちょっと、もう。兄さんの妹だからよ。それに、兄さん」
「なんだ?」
「私達はみんな兄さんを応援しているわ。父さんも母さんも、おばあ様もね。兄さんの信じる道を進んで、どうか幸せになって」

紘は立ち止まって美紅と向き合う。

「ありがとう、美紅。俺は絶対に諦めない。必ずエレナを見つけ出してみせる」

美紅も大きく頷いた。

「さてと!では帰ってお茶でも飲みますか」
「ええ。あ、『京あやめ』に寄って行かない?まだ少しは店頭に並んでいるかも」
「そうだな。運のいい美紅がいれば買えそうだ」

紘の運転で二人は『京あやめ』に向かった。

「ごめんください。まだ和菓子はありますか?」

声をかけながら引き戸を開けて店内に入ると、作務衣のおじいさんが、ああ、とぶっきらぼうに返事をした。

「あ、兄さん。見て!色々並んでいるわ」
「お、本当だ。たくさん買っていこう」

あれもこれもと目移りしながら買い込み、会計を済ませて店を出ようとした時だった。

「小笠原様」

ふいに呼ばれて二人は振り返る。

「え、はい」

珍しくおじいさんと視線が合った。

「小耳に挟みました。京都に隠れ宿を造られるとか。楽しみにしております」
「えっ!ありがとうございます」

咄嗟のことにそれしか言えず、美紅は丁寧に頭を下げてから再び紘と車に乗る。

「そう言えば、あの店主のおじいさんも旧華族らしいぞ」
「そうなの?!」

ハンドルを握りながら話し出す紘に、美紅は驚いて声を上げる。

「ああ。京都では名のある名家の出身らしい。でもしがらみなんかを嫌って一人で東京に出て来たと聞いた。きっと和菓子職人として店を出すのを反対されたのかもな」
「そうなのね。並々ならぬ想いが込められているから、こんなにも『京あやめ』の和菓子は人の心を打つのね。とても素晴らしい、芸術作品ですもの」
「ああ、そうだな」

小笠原様と名前を呼ばれたことにも驚いたが、あんなふうに言葉をかけてくれたことも嬉しかった。

(旧華族の集まりなんて、なくても大丈夫。守るべきものはきちんと然るべき人によって継承されていく)

美紅は膝の上に載せた和菓子の包みを大事に手に取った。
< 85 / 145 >

この作品をシェア

pagetop