ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
「かさねさん、こちらが恋人の……」
「群咲桜空さんです」
 言い淀んだ漣の言葉を和志が引き継いだ。
「そう、桜空。しばらくここに住む」
 桜空は驚愕して漣を見た。そんなことは聞いてない。
「文句あるか?」
 ぎろっとにらまれ、首をすくめた。仕事もないから今は時間に融通がきく。家には連絡を入れれば大丈夫だろう。
「かわいらしい方。小日向かさねです。よろしくお願いしますね」
 老齢と言っていいかさねは、その名の通り日向のように微笑んだ。
「彼女がお前の面倒をみる」
「はい」
 返事をしたものの、桜空は戸惑うばかりだった。

 桜空は客室に案内された。
 部屋にはトイレもバスルームもあり、まるで高級ホテルだった。行ったことはないのだが。
 夕食には広い食堂に連れていかれて一人で食べた。
 漣は仕事に戻ったのだと言う。
メイドが常にそばに立っているのが気になり、食事が豪華すぎたせいもあり、あまり食べた気がしなかった。
「坊ちゃまが恋人をお連れになるは初めてですよ」
 部屋に戻った桜空に、かさねはにこにこと言った。
 実際は偽物の恋人だ。和志はそれを知っているが、かさねは知らないようだ。
「いつからお付き合いされてるんですか?」
 桜空は言葉につまる。そういう打ち合わせは一切なかった。
「漣さんに聞いてもらったほうがいいかと思います」
 漣さん、と名前を呼ぶだけでなんだかこそばゆい感じがした。
「あらまあ仲の良いこと」
 かさねはにっこりした。
「お寝間着はこちらに置きますね。明日は屋敷をご案内します」
 そう言って彼女は部屋を出て行った。
 桜空は部屋のソファに座って所在なくスマホを見ていた。

 スマホの目覚ましが鳴った。
 桜空は寝ぼけながらそれを止め、なんだかいつもよりふかふかする枕にまた頭をうずめる。
 ドアがノックされ、誰かが入って来る気配があった。
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