ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
 桜空はメイドと一緒に働こうとしたという。かさねが止めたが、それでも隙があれば掃除をしたりメイドを手伝ったりしていたという。
「暇ならうちの社史でも読めと言っておいてくれ。俺の部屋にあるから」
 メイド長は少し驚いたあと、伝えます、と答えた。

 翌日の晩、帰宅した漣はメイド長から受けた報告に驚愕した。
「桜空が社史を読んでいるだと?」
「はい」
「部屋に入れたのか」
「漣様のご指示でしたので」
 生真面目なメイド長は漣の発言をまともに受け取り、桜空もそれを真に受けたのだ。
「おたずねしたいことがあるからとリビングでお待ちです」
 漣はちらりと腕時計を見た。
 もう23時だ。
 めんどくさい、と思いながらもリビングに顔を出す。恋人だと紹介してしまったから無碍にもできない。
 そこにはかさねが困ったように立っていた。
「坊ちゃま、桜空様が」
 彼女はソファに斜めになって大口を開けて眠りこけていた。手元には付箋が貼られた社史が落ちている。言葉の意味を書き込み、ここを聞くなどのメモが書かれていた。
「真面目に読むものじゃないだろう。バカなのか」
「坊ちゃまの指示でしょう? 先ほどまで起きて待ってらしたんですよ」
 かさねが咎めるように言い、漣は黙った。長年勤めたかさねに、彼は弱い。
「坊ちゃまが帰られましたよ」
 起こそうとするかさねを、漣は止めた。
「いい。このまま寝かせよう」
 漣は桜空を抱き上げた。かさねが社史を持ってついていく。
 かさねがドアを開け、漣が入る。
 かさねは社史をテーブルに置くと部屋を辞した。
 漣は桜空をそっとベッドに横たえる。
 まったく起きる気配がなく、すかーっと気持ちよさそうに眠っている。
 なんだこの女は。
 しげしげと眺める。こんなに無防備にいぎたない姿を見せる女は初めてだ。
 気がつくと唇を重ねていた。
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