ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
「俺の休みはいつだ?」
 聞かれて、和志は軽く目を見開いた。
「あけようと思えばあさってあけられますよ」
「あけてくれ。ついでに……」
 彼の頼みに、和志は頬を緩ませた。

 漣の出社後に現れた一団に、桜空は恐れおののいた。
 美容師、ネイリスト、エステティシャン、スタイリスト、マナー講師。全員が桜空の専属だと名乗った。
 言われるがままに髪を切られ、ネイルをされてエステを受けた。
 マナー講師は厳しくて、桜空はすぐに音をあげた。
 へとへとになって、それでも桜空は社史を読んだ。
 面白いわけではなかった。が、知らない言葉を知るのが楽しかった。一緒に歴史のことも書いてあるのが、今まできちんと勉強できなかった桜空には新鮮だった。
 八菱家は古墳時代から続くとされていた。
 かつては地方の豪族で、先祖の墓とされる古墳が敷地内にある。その時代ごとに勢力を変えながら各時代の政権とも上手につきあって現代まで続く。江戸時代から造船を手がけ、明治時代には船の需要が高まり企業は成長。同時にエネルギー事業を展開。コークスを製造・販売するとともに国内の石油を発掘して販売。侯爵に叙爵(じょしゃく)もされた。戦時下ではアメリカと密かに連絡をとってコネクションを築く。そのために財閥解体を免れ、現在は八菱重工として鉄道や航空機、ロボット、宇宙事業まで展開。様々なグループ企業を持つ。
 日本でも石油が採れるんだ、と感心しながら読んだ。
 江戸時代の武士の名は姓・通称・(いみな)で構成されていた慣習で、八菱の嫡男は名前が長い、なども書いてあった。
 一生懸命読んでいても眠気が襲って来て、またリビングのソファで寝てしまう。
 なのに朝にはベッドで眠っていて、桜空は自分に夢遊病の気があるのでは、と心配になった。

 その日の朝、漣は唐突に「出掛けるぞ」と言った。
 桜空に拒否権はない。
 メイドたちにされるがままに着飾られて漣の前に行くと、彼は目を細めた。
「少しはマシになったな」
 それだけで桜空の心臓は鼓動を早くした。
 漣とともにリムジンに乗った。秘書は助手席、護衛は別の車でついてくる。
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