ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
 漣のやっていることはまったく理解できなかった。
 それ以上に理解できないのは自分だった。
 おもちゃにされているだけなのに、いちいちどきどきしてなにかを期待してしまう。そのなにかをわかりたくなくて、桜空は必死に歩く。
 玄関ホールに行きつくと、祥介が入って来るところだった。
 彼は派手な柄シャツにブランドのロゴが全面に描かれたボトムを履いていた。
 目があうなり睨まれて、思わずあとじさった。
 祥介は大股に桜空に近付いた。
「お前、ずいぶん気に入られてるみたいだな」
「おかげ様で」
 なんと言っていいかわからず、そう返した。
 瞬間、桜空は壁におしつけられた。頭がぶつかって痛みが走る。
「なにが目的だ。どうやってあいつをたぶらかした」
 桜空は答えられない。
「祥介様、いかがなさいましたか」
 通りかかったかさねが声をかけ、祥介はふん、と鼻をならした。
「飯を食いに来ただけだ」
「桜空様へのご用事はわたくしを通してくださいませね」
「お前ら、メイドのくせにいつも俺をバカにしやがって」
 かさねを睨みつけるが、彼女はひるまない。
「あいつの気まぐれがいつまで続くかな」
 言い捨てて、祥介は屋敷の奥へ行く。
 その姿を見送り、かさねは桜空に声をかける。
「大丈夫でございますか」
「はい」
「祥介様がいらしたときはすぐに私どもをお呼びください」
 普段から彼は問題を起こしているのだ、と桜空は気づいた。別邸に近付くなといったのもそのせいだろうか。
「なにか御用事でございましたか?」
「大丈夫です。部屋に戻ります」
 これ以上、誰にも会いたくなかった。

 夕食に呼ばれた桜空は、食べたくない、とかさねに言った。漣にも祥介にも会いたくなかった。
 察したかさねは部屋に夕食を運んでくれた。ほっとして、桜空はそれをいただいた。
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