ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
「ガラスのピアノ、ひいてみたいです」
「そんなことでいいのか」
 あきれる漣に、桜空は両手をもじもじと合わせた。
「きっと一生の記念になるから」
「あんなものが記念になるのか」
「なります」
 桜空の断言に、漣は眉を寄せた。
「行くぞ」
 社史を置いて、漣が歩き出す。
 桜空は慌てて彼に続いた。

 パーティールームはあいかわらず豪華だった。
 掃除が行き届き、高いところにあるシャンデリアにも埃一つない。
 当然ガラスのピアノはピカピカに磨き上げられ、シャンデリアに劣らずきらめく。
「こんな時間に大丈夫ですか?」
「当たり前だ」
 漣はめんどくさそうに答えた。
 防音があるからか、他人の家が近くにないからか、その両方か。
 桜空はピアノと同じ透明な椅子に座り、そっと蓋を開ける。
 鍵盤は普通のピアノと同じく白だったが、黒鍵の部分は金色だった。
 鍵盤を押してみると、普通のピアノと変わらない音が響いた。
 そのまま、指一本でいろんな音を弾いてみる。
 ぽーん、ぽーん、といい音が響いた。
 漣は不思議そうに桜空にきく。
「弾かないのか」
 桜空は目を彷徨わせる。が、黙っていてはまた機嫌を損ねるので無理に言葉を続ける。
「弾けない、です」
「弾けないのに弾きたいって、おかしいだろう」
「……訂正します。触ってみたかったんです。工場が傾く前に少しだけ習ってて。ずっと憧れだったんです。ピアノがあるだけでもすごいのに、ガラス製なんて夢みたい」
 漣は顎を少し上げて桜空を見下ろした。
 ぽーん、ぽーん、とまた桜空は音を鳴らす。
「少しずれろ」
 漣は桜空の隣に無理矢理座った。さほど大きくない椅子なので、二人でくっついて座るはめになった。体温が伝わり、桜空はどきどきした。
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