ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
 漣の目じりが和んで、ふっと笑みがこぼれた。
「お前はすぐ泣く」
「だって」
 言葉が続かなかった。なにか塊があって、胸につかえてしまったかのようだった。
 何か言わなくては、また漣の機嫌が悪くなる。
 そう思うのに、なにも出てこない。
 漣の手が桜空の顎を持ち上げる。
 意図を察したのに、逃げられなかった。
 漣の唇が重なる。
 うれしいような悲しいような気持ちが溢れて、桜空は目を閉じた。
 漣のキスはいつかと違って優しく彼女を奏でた。

 翌日、桜空はまた驚かされた。
 五教科の家庭教師とピアノ講師が追加された。
 練習は別室にある白いグランドピアノで行われた。
 ピアノが二台もあるなんて、とそれにも驚かされた。
 その日のうちにお礼を言いたかったのに、漣は出張で戻ってこなかった。
 夕食時に知らされ、桜空はがっかりした。
 あとで連絡しよう、と思ってから愕然と気が付いた。
 彼の連絡先を知らない。
 彼からの連絡は必ず秘書を通していた。
 そうして、自分の立場を思い出す。
 自分は彼を誘拐しようとした、犯罪者だ。
 彼の命令で恋人のふりをしているにすぎない。
 呆然と味のしない食事をして、部屋に戻ったときだった。
 部屋の前に祥介が待ち構えていた。
 とっさに踵を返す。が、追いついた祥介が桜空の腕をつかんだ。
「なんでここにいるんだ」
「……漣さんに連れて来られたからです」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
 怒鳴られて、身をすくめる。
 ぎらぎらする目が桜空を刺した。
「俺を知っているのか」
「従兄の祥介さんですよね?」
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