ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
「そうじゃなくて!」
 祥介の酒臭い息が桜空にかかった。彼女が顔をそむけると、彼は不機嫌に鼻に皺を寄せた。
「俺はお前の正体を知っているぞ。バラされたくなければあいつを殺せ」
 言われて、桜空は息をのんだ。
「あいつって」
「漣だよ!」
 祥介は声を荒げた。
「本当の俺はあいつより強いんだ。誰の命令を聞くのが賢明か、わかるな」
「そんな……」
「殺さなければ、お前もお前の家族も殺す」
 彼は桜空に紙袋を押し付け、歩き去った。
 がくがくと震えて部屋に入った桜空は、すぐに鍵をかけた。
 落ち着こうとしてソファに座り、渡された紙袋を開ける。
 中を見て、取り落とした。
 折り畳みナイフが入っていた。
 漣を殺す。
 そんなことできるはずがない。
 もうここを出て行くしかない。
 でも、そうなったら家族はどうなるのか。
 せめてピアノのお礼はきちんと言いたい。
 昨夜の漣を思い出す。
 ピアノを弾きたいというと快く応じてくれて、一緒に弾いてくれた。
 彼の笑顔を初めて見た。
 彼のキスは、優しかった。
「また一緒にピアノ弾きたかったな……」
 呟きは涙とともに床に零れた。

 いつまで彼女を置いておくのか。
 出張先のホテルで、漣は自問した。
 ゆったりとソファに座り、退屈にワイングラスを揺らす。
 彼女に誘拐をさせたのは十中八九、従兄の祥介だ。
 彼は厳しい八菱の教育に反発し、勉強をさぼって仕事もせずに好き勝手に生きて来た。別邸に住み、金がなくなればせびりに来る。
 昔から優秀な漣に嫉妬し、嫌がらせを続けて来た。
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