ガラスのピアノは涙にきらめく ~御曹司を誘拐したら冷たく溺愛されました~
 漣にふられた女があてつけのように祥介に近付くと、これさいわいと女とつきあい、漣に勝ったように嘲笑してきた。
 ばからしい、と放置すると、彼は調子にのって女をふりまわし、結局は女にふられる。
 それを漣のせいにしてまた恨む、という漣にはよくわからないことを繰り返していた。
 最近は漣がいなければ財産を自由にできると思い始めたらしく、漣を排除しようと画策していた。それはすべて事前に露見して防がれている。彼はいつも浅はかだ。
 桜空を手元においたのは、祥介に対するちょっとした意趣返しだった。
 目論見と違った結果に悔しがる、その姿を見れば彼女は用済みだった。
 もういらない、と放り出すのか。今までつきあった女と同じように。
 今までの女は結局、親の金という後ろ盾があった。
 だが、桜空は仕事もなく親の工場は借金だらけだ。放り出されて生きていけるのか。
 ……誘拐しようという度胸があるのだ、なんとでも生きていくか。
 漣は苦笑する。震えながらナイフをかまえた桜空。大胆なのか小心なのか。すぐ泣くくせに変に強気なときもある。
 ピアノを弾いたときには極上の笑顔を輝かせていた。
 彼女がいなくなれば静かな生活が戻って来る。仕事漬けの平穏な日々が。
「面白くないな」
 漣は顔をしかめ、グラスに残ったワインを飲み干す。さきほどまで心地よく感じていた渋みが、妙に気に障った。

 一週間の出張から戻った漣を待っていたのは、しっとりと上品になった桜空だった。
 上質な服を着こなし、ぴんと背筋を伸ばし、足を揃えて立っている。手は左を上にして体の前で重ねられていた。手荒れはほぼ治り、爪には桜色のショートネイル。薬指にはピンクダイヤの指輪。
「おかえりなさいませ」
 穏やかに微笑を浮かべて彼を出迎えた。
 出張前とはまったく違う様子に、しげしげと彼女を眺める。
「かさねさん、これはどういうことだ」
「マナーのお勉強をとても頑張っておられました」
「そうか」
 無遠慮にじろじろと桜空を眺める。
「調教にはまる人の気持ちがちょっとわかるな」
 ぼそっと呟いたそれは桜空には届かなかった。
「なにかおっしゃいましたか?」
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