絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません

 玲良の言葉は紛れもないプロポーズの台詞だった。女性ならば一度は憧れるはずの台詞を憧れの相手の口から聞いた絢子は、思いがけない幸運に思わず「はい」と頷きそうになった。

 だが頷いてはいけない。喜びのまま受け入れていい相手でも状況でもないことは、絢子だって理解している。

「で、できません……!」
「……理由は?」

 慌ててふるふる首を振ると、少しムッとした玲良に鋭い視線で訊ねられた。さらに手の甲に重ねられた彼の手にも、ぎゅっと力が籠もる。

「俺がまだ未熟だからか? それとも他に好きな男がいる?」
「ち、ちがいます! そうではなく……!」
「それならちゃんと、前向きに考えてくれ」

 懇願にも似た必死の表情で詰め寄られ、絢子の中に小さな迷いが生まれる。

 DNA鑑定の結果がある以上どうしたって状況は変わらない。絢子が玲良と結婚する未来は潰えたも同然だ。なのに玲良は諦めたくない、と懸命な様子である。

 その瞳の奥に燻っている感情を探る。彼の想いは義理や同情の類なのか、それとも本当に絢子を欲しているのか――

「行く場所がないなら、しばらくここで生活してほしい」

 思考と感覚を研ぎ澄ませて玲良の本心を辿ろうとした絢子だったが、そこで一旦プロポーズの話が引っ込んだ。それよりも当面の絢子の生活をどうするか……という話に戻ったが、先ほどの提案はやはり聞き間違いではなく、玲良は本当に絢子をここへ留め置くつもりらしい。

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