絶縁されたので婚約解消するはずが、溺甘御曹司さまが逃してくれません
「絢子……」
玲良の大きな手が絢子の顎先に触れる。
頤をくい、と持ち上げられた瞬間、キスされるのだと察する。
もちろん嫌ではない。それどころか本音では嬉しい。だから彼の求めに応じようと身体の力を抜いてゆっくりと目を閉じる。
婚約者じゃなくなっても、結婚の夢は叶わなくても、はじめてのキスが憧れの玲良相手だったら、この先の未来でどんなに辛いがあっても乗り越えられる気がするから――
「!」
距離にしてあと数センチ。時間にしてほんの一秒。あとわずか、というところで再びスマートフォンが震える音が響いた。ただし今度は玲良のものではない。着信があったのは絢子のスマートフォンだった。
甘い空気からハッと我に返って、充電ケーブルに挿した状態でサイドボードに置きっぱなしになっているスマートフォンに駆け寄る。
「お父さま……!」
急いで電話をかけてきた相手を確認する。するとそこに表示されていたのは、絢子が桜城家を出てからこの二週間、一度も連絡をしてこなかった父――だと信じてきた、匠一だった。
「出なくてもいいぞ」
「……。いえ……」
スマートフォンを握りしめたまま呆然としていると、近づいてきた玲良に後ろからぎゅっと抱きしめられた。彼も電話の相手に気づいたらしく、無理はするなと言ってくれる。