初恋は嘘つきだった
2話



 〇高級料亭(昼)

 大志と理央、向かい合ったまま固まっている。


理央「お姉ちゃんの代わりに婚約だなんて。む、無理です!」
大志「俺、妹ちゃんに興味津々なんだよね」
理央「私になんて、興味持たないでください! それに妹ちゃんって、お姉ちゃんの代わりとしか見てないくせに!」
大志「……理央、」

 ふいに名前を呼ばれて、心臓がドクンと跳ねる理央。顔が真っ赤に染まる。
 理央(なんで私の名前知っているんだろう……)

大志「理央だろ? 妹ちゃんの名前」
理央「……そうだけど」
大志「あのさ……。本気だよ? って言えば俺に惚れてくれんの?」
理央「か、からかわないでください!」

 大志の甘い言葉に、理央は顔を真っ赤に染める。
 男に慣れていない理央、ドキドキと心臓がうるさく鼓動する。


 理央と大志、見つめ合い無言が流れる。

 理央の両親が説得していた大志の父が戻ってくる。
 扉が開かれると同時に、ぱっと離れる理央と大志。
 再びみんな鎮座する。

大志父「聞いたが、理央さんはまだ高校生だそうじゃないか」

 大志父、眉間にしわが寄って不機嫌そう。
 
理央(よかった。お父さんが説明してくれたんだ……これで婚約なんてしなくて済む)

大志父「高校生ならば。まだ子供だ。久遠家と北條家の縁談は……」
大志「お父さん。俺、理央さんと婚約します」

 大志父の言葉を遮り発言をする大志。

理央(……なんで?! 今、婚約解消の流れだったのに……)
 驚きながら大志の顔を見る理央。
 
大志父「……珍しいな。大志から提案なんて」
 大志「理央さんとは先ほど話して、お互いに納得しました」

理央(え?! 納得なんてしてない!)

 平然と嘘を言いのける大志に向かって視線を送る理央。大志、理央の視線に気づいているが、理央の方を振り向こうともしない。

 理央の両親、柔らかい微笑みを浮かべて深く何度もうなずいている。
 勘違いをしている父と母に向かって、顔を大きく左右に振り「違う!」とジェスチャーで訴えるも伝わらない理央。

 
理央「ちょっと……まっ」
大志「不束者ですが、よろしくお願いいたします」

 大志、深く頭を下げる。御曹司が頭を下げるとは思わず、言いかけていた言葉が止まる理央。
 祝福の拍手をする理央の両親。満面の笑みを浮かべている。

理央(お姉ちゃん。高校生だから大丈夫って言ったじゃん……)

 理央、心の中で姉・千尋に向けて言い放つ。

 不敵な笑みを浮かべて理央を見る大志。
 そんな大志を、キッと睨みつける理央。



〇学校・次の日(放課後・夕方)


理央「はあ、」
 大きなため息をつく理央。
 昇降口を出て歩いている。

理央(昨日のことで頭がいっぱいで、あっという間に学校が終わっちゃった……これからどうなるんだろう)

 とぼとぼと一人歩く理央。

理央(昨日は婚約するなんて言ってたけど。一日経てば気の迷いだって気づくよね。高校生相手に婚約だなんて……)
 
 正門がなにやら騒がしい。女性生徒たちから黄色い歓声が沸き上っていることに気づく理央。


女性生徒「きゃー」
女性生徒「かっこいい! 誰待っているんだろう」
女性生徒「こっち見たよ?」

 不思議に思いながら正面玄関を出る理央。
 黄色い歓声の原因が大志だということに気づいていない。

 高級車の前で立っている大志の絵。
 すらりとしたスタイルが目を引く。
 スタイリッシュなジャケットのセットアップを着ている。
 びしっとしたスーツ姿とは違うが、似合っていてかっこいい。

 正面玄関を出ても、大志に気づかない理央。
 
大志「理央!」

 爽やかな笑顔で理央に笑顔を向ける大志。
 高級車の前で手を振る大志の姿。

理央「た、大志さん?!」

 大志がいたことに驚く理央。
 注目の的となっていたイケメンが理央を待っていたという事実に、黄色い歓声を上げていた女子生徒からひそひとと嫌味を言われる。

女子生徒「え、あの子?」
女子生徒「釣り合わなくない?」

 自分のことを言われていることに気づいた理央。好奇の視線に耐え切れなくなり、小走りで駆け寄る。


理央「た、大志さん。何しているんですか?!」
大志「理央ちゃん待ってた♪」
理央「待ってたって……今日、会う予定とかないですよね?」
大志「予定ないけど、会いたいから来た」

 大志、軽い口調で恥ずかしげもなく甘い言葉を零す。
 顔が真っ赤に染まる理央。

大志「ま、ここじゃ目立つから車に乗ってよ」

 車に乗ることを躊躇する理央だが、あたりを見渡すと、好奇心で集まった生徒たちが増えている。
 高級車に乗った端正な顔立ちの青年が迎えに来たことが物珍しいのだろう。野次馬は増えていく。
 理央、仕方なく大志の車に乗り込む。

 誘導されるまま車の助手席に座る。
 理央が車に乗り込むと、理央に向けて悪意を言い放っていた女子生徒を鋭い目つきで睨みつける大志。

女子生徒「ひっ、」
女子生徒「……っ」

 大志の鋭い睨みに固まる女子生徒。

 
 〇車内 高級車(夕方・放課後)

理央(お父さん以外の車に乗るなんて、初めてだ……緊張する)

 ドキドキと胸が高鳴る理央。緊張でシートベルトがうまく締められない理央に、大志がそっと手助けをする。
 その時、ふたりの顔は触れそうなほど近い。

 理央、緊張で顔が真っ赤に染まる。大志、全く平然に優しく微笑む。
 緊張している様子の理央を優しいまなざしで見つめる大志。

大志「……このまま家まで送っていきたいところだけど、寄り道しよっか」
理央「え、どこに……」
大志「どこでしょうー?」

 理央の問いを誤魔化しながら車を走らせる大志。



〇ビルの屋上(夕方)

 大志が連れてきた場所は、クオンホールディングス本社ビルの屋上。
 庭園になっており、おしゃれなソファやテーブルが並べられている。

 時刻は夕方。
 マジックアワーの空が美しい。
 ※補足:マジックアワー=日没直前直後の薄明で幻想的。美しい空。
 
 オレンジの夕焼け空と夜の空が交じり合い、ドラマチックな色彩を見せている。
 高層の場所から見る空は美しい。

大志「妹ちゃんはまだ子供ってことで。夜景はまだ早いからなー。ちょうどいいだろ?」

 そう言って空を見上げる大志。
 空はオレンジの夕焼けから夜に変わろうとしている。マジックアワーの空絵。


理央(確かに、幻想的できれい……)

理央「大志さんは……」
大志「大志でいいよ? 言いにくいでしょ?」

理央(確かに言いにくいけど……さすがに呼び捨てはできないなあ)

理央「大志くんは……」
大志「くん。かあ、またそれもいいね?」

 くん付けで呼ばれたことを噛み締める大志。
 大志、少し照れている。


理央「あ、あの。なんで迎えに来たんですか?」
大志「えー。婚約者だからに決まっているじゃん」
理央「いや、断りましたよね?」
大志「えー。そうだっけー?」

大志、軽い口調で話す。わかりやすく知らないふりをしている。

理央「む、無理ですよ! 私高校生ですし……。御曹司の婚約者なんて、役不足すぎます! 大志くんなら、いくらでも相手見つかりますよね?」
大志「そうだねー。相手はたくさんいるだろうね、」
理央「だったら……」
大志「でも、俺に選ぶ権利あるからさ?」

 隣にいる理央を見つめる大志。
 どきっと胸が高鳴る理央。

理央(なに、どきっとしちゃているんだろう。この人のいうことに反応してたら心臓が持たない)


大志「そんなに俺のこと生理的に無理?」
理央「……無理っていうか、」

 眉を八の字に下げて悲しそうな顔をする大志。

理央(そんな顔で言うの、ずるい……)

理央「……」
大志「あー。でも、理央の両親は凄く喜んでくれたけどね?」

 × × ×
 <フラッシュバック>
 〇昨夜・顔合わせ後の自宅
理央父「でかしたー! 理央! ありがとう! あのまま婚約破棄になっていたらうちの家業は破綻していたよ」
理央母「大志くん、すごいイケメンだったじゃない? 玉の輿よ? 理央!」

 両手を上げて大喜びする両親。

 × × ×

 
 
理央「確かに、すごく喜んでましたけど……」
大志「じゃあさ、理央が卒業までの時間をちょうだい?」
理央「時間?」
大志「そっ! 仮の婚約者ってやつ。互いの親には、婚約したと報告する。だけど、理央ちゃんが嫌ならこの関係は理央ちゃんが卒業するまで」
理央「……」
大志「理央ちゃんが卒業までの少しの間俺と仮の婚約者になってくれたら、理央ちゃん家の家業も安泰。ご両親もハッピー♪ ちなみに俺もハッピー! 良いと思わない?」

理央(ここで私が断ったら、フラワーショップ北條は……倒産?!)

 戸惑う理央に畳みかける大志。

大志「理央が卒業までに俺のことを好きになれなかったなら……その時は俺の方から婚約解消を申し出る。そしたら、俺の親父も理央ちゃんの家の家業に手を出すこともないし。理央も両親から責められることもない。なんなら、慰謝料ももらえるかもよ?」
理央「……」

理央(卒業までの数か月だけ婚約者のフリをすればいいってことだよね? 悪いことじゃない……のかな?)

大志「どう?」

 優しく微笑みかける大志。
 その笑顔にほだされて、心が決まる理央。

理央「仮の婚約は、卒業までなんですよね?」
大志「うん、」
理央「それなら……お願いします」
大志「交渉成立?」
理央「……はい」


 ぐいっと顔を寄せる大志。
 思わずぎゅっと目をつむる理央。
 

 そんな理央を見て優しく微笑むと、唇ではなくおでこにキスをする。
 理央はおでこにキスをされて驚きながら、手で押さえる。


理央「え、仮の婚約者ですよね?」
大志「仮でも、なんでも。卒業までは俺の(・・)婚約者でしょ?」

 理央、ドクンと胸が高鳴る。

大志「本当はこっちにしたいけど。理央からしてくれるのを待つわ」

 唇に人差し指を当てながら言う大志。
 顔を真っ赤に染める理央。

理央「わ、私からはキスしません!」
大志「してくれたら、俺喜ぶよ?」
理央「し、し、しませんっ!」

 理央(自然と『ちゃん』呼びから。呼び捨てになっているし……)

大志「ちなみに俺は、本当の婚約者になってほしいと思っているから」
理央「え、そんなこと聞いてない……」
大志「今言ったからね♪」

 マジックアワーの空。幻想的な空を背景に見つめあう理央、大志の絵。
 
 
理央(も、もしかして。とんでもない決断をしちゃった?!)

 
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