知人の紹介で
 けれど、湊斗への指導をしていく中で、どうにも頭を悩ませる出来事が一つだけあった。

 湊斗は普段の理解度は決して悪くないのに、なぜだか試験の成績は伸び悩んだままで、何とももどかしい状態がしばらくは続いていたのだ。

「うーん、普段の勉強はよくできてるんだけどね……ちゃんと理解もできてると思うんだよね。もしかしたら試験のとき緊張したりする?」
「別に」
「だったら何だろうな。やっぱり試験慣れが必要なのかな。しばらくはテスト対策中心にやっていこうか。ね?」

 そんな方針を立てたその日、帰り際に湊斗の母から今の状況を聞かれ、純花は正直に湊斗のことを話したのだが、それに対して湊斗の母からは意外な事実を聞かされたのだった。

「どうですか? 湊斗は」
「普段の勉強はとてもよくできていると思います。私の問いにも問題なく答えられていますし。ただ、どうも試験が苦手なようで、上手く実力が出せていないのだと思います」
「そうですか。あの、実はここまでちゃんと見てくれる先生は純花さんが初めてで。いつも一週間もしないうちに教えられないと断られてしまうんです。だから、どうかあの子を見捨てないでやってください。よろしくお願いします」

 湊斗の母からのその懇願に純花は驚いた。確かになかなか成績が伸びないところに頭を悩ませてはいるが、だからといって一週間もしないで断るような人がいるのだろうか。湊斗は本当によく頑張っているし、きっと教え方次第でもっともっと伸びると思っている。こんなにいい生徒を放り出すだなんて本当に信じられなかった。

 純花は絶対に絶対に自分は最後まで湊斗に寄り添って、彼がその実力を発揮できるようにしっかりと導いてやろうと強く思った。

「もちろんです。ちゃんと湊斗くんが実力を出せるように、精一杯教えていきますから。こちらこそよろしくお願いいたします」
「本当に純花さんが来てくださってよかった。よろしくお願いしますね。あ、少し待っててくださる? いいお菓子いただいたから持って帰ってください」

 純花は「お構いなく」と伝えたが、湊斗の母はすぐに奥へと消えてしまった。
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