敏腕教育係は引きこもり御曹司を救えるか?
学もこの数週間で対人スキルに関しては彼なりに鍛えたきた。カフェや飲食店での注文などはたどたどしいながらも出来るようになり、自らの意志で日に何度も外出することもあった。だが、それはあくまで店員や見知らぬ人とのコミュニケーションを行っていたな過ぎない。これからはこのオフィスで、阿久津と一緒とは言えど、職場の人との継続的な関係を築いていかなくてはならない。
阿久津は挨拶をなんとか終えた学を自分のデスクまで呼び寄せる。
「初めまして、佐伯学さん。本日から教育係を務めさせていただきます、阿久津沙耶です。よろしくね」
「阿久津さん、よろしくお願いします」
阿久津と学はもちろん、今日初めて会った体で接しなければならない。正直、この部分については阿久津もボロを出さないように気を付けなければならない。学と前から知り合いだったこと、極秘で社長から教育係を任されていたこと、何より学と現在一緒に暮らしていることは絶対に社内の人間には知られてはいけない。
幸い、同じ「佐伯」という苗字でも、社長と学の容姿があまり似ていないためか、とりあえず自己紹介の段階で彼らの血縁関係に勘付いた者は居ないようである。そもそも会社が大きすぎるため、末端の社員は社長の顔や名前もうろ覚えなことがほとんどである。
「じゃ、まずは業務で使ってるマニュアル一式をお渡しします。ちょっと多いけど、一気に読むものじゃないから安心してね」
「あ、ありがとうございます」
ちょっとした辞書くらいの分厚さのマニュアルに学が引いているのが分かったので、とりあえず安心させる一言を。
「一緒に概要を少し読んでいくから、全部読もうとか、暗記しようとかしなくて大丈夫だよ」
「ああ、そうなんですね」
ホッと胸を撫で下ろす学。そこに、この部署で唯一学の正体を知っている山下課長が近づいてくる。
「お! さっそく佐伯くんの教育係やってくれてるね〜阿久津さん」
ハハハ、と阿久津が愛想笑いと会釈で返すと、今度は課長は学に話しかける。
「佐伯くんは運が良いよ、何せ阿久津さんが教育係になったんだからね。阿久津さんはうちの部署でも本当に面倒見が良くて、教えるのも凄く上手いんだ」
「そうなんですね」
「うん。どんな曲者も敏腕教育係・阿久津にかかればどこに出しても恥ずかしくない社員に成長していったよ」
「ええ、凄いですね」
学は目をキラキラと輝かせながら課長に相槌を打っていた。上司の話をダルそうに聞くよりは良いが、ちょっと素直すぎないか。阿久津は見かねて口を挟む。
「課長、どんどん私のハードルが上がってしまうのでその辺にしといてくれませんか」
「何言ってるんだ阿久津さん! これは僕の本心だよ。阿久津さんがいなかったら我が社の新人教育は崩壊してる」
「そうですよ阿久津さん! 阿久津さんは凄い人ですよ! ……あ」
学が思わず声を上げると、阿久津と山下課長は同時に「うわあ、何言ってんだ!」という表情をする。繰り返すが、学と阿久津は今日初めて会った、新人と教育係という関係で、それ以上でも以下でもない。この設定を徹底しないと、いつ学が社長の息子であることがバレるか分からない。
「あ、すみません出過ぎたことを。でも阿久津さんオーラが凄いから、きっと凄い人だろうと思って」
学は慌てて取り繕う。阿久津と課長はハハハと笑うしかなかった。
今のやりとりは聞かれていただろうか。阿久津は恐る恐る周りの様子を伺った。
阿久津は挨拶をなんとか終えた学を自分のデスクまで呼び寄せる。
「初めまして、佐伯学さん。本日から教育係を務めさせていただきます、阿久津沙耶です。よろしくね」
「阿久津さん、よろしくお願いします」
阿久津と学はもちろん、今日初めて会った体で接しなければならない。正直、この部分については阿久津もボロを出さないように気を付けなければならない。学と前から知り合いだったこと、極秘で社長から教育係を任されていたこと、何より学と現在一緒に暮らしていることは絶対に社内の人間には知られてはいけない。
幸い、同じ「佐伯」という苗字でも、社長と学の容姿があまり似ていないためか、とりあえず自己紹介の段階で彼らの血縁関係に勘付いた者は居ないようである。そもそも会社が大きすぎるため、末端の社員は社長の顔や名前もうろ覚えなことがほとんどである。
「じゃ、まずは業務で使ってるマニュアル一式をお渡しします。ちょっと多いけど、一気に読むものじゃないから安心してね」
「あ、ありがとうございます」
ちょっとした辞書くらいの分厚さのマニュアルに学が引いているのが分かったので、とりあえず安心させる一言を。
「一緒に概要を少し読んでいくから、全部読もうとか、暗記しようとかしなくて大丈夫だよ」
「ああ、そうなんですね」
ホッと胸を撫で下ろす学。そこに、この部署で唯一学の正体を知っている山下課長が近づいてくる。
「お! さっそく佐伯くんの教育係やってくれてるね〜阿久津さん」
ハハハ、と阿久津が愛想笑いと会釈で返すと、今度は課長は学に話しかける。
「佐伯くんは運が良いよ、何せ阿久津さんが教育係になったんだからね。阿久津さんはうちの部署でも本当に面倒見が良くて、教えるのも凄く上手いんだ」
「そうなんですね」
「うん。どんな曲者も敏腕教育係・阿久津にかかればどこに出しても恥ずかしくない社員に成長していったよ」
「ええ、凄いですね」
学は目をキラキラと輝かせながら課長に相槌を打っていた。上司の話をダルそうに聞くよりは良いが、ちょっと素直すぎないか。阿久津は見かねて口を挟む。
「課長、どんどん私のハードルが上がってしまうのでその辺にしといてくれませんか」
「何言ってるんだ阿久津さん! これは僕の本心だよ。阿久津さんがいなかったら我が社の新人教育は崩壊してる」
「そうですよ阿久津さん! 阿久津さんは凄い人ですよ! ……あ」
学が思わず声を上げると、阿久津と山下課長は同時に「うわあ、何言ってんだ!」という表情をする。繰り返すが、学と阿久津は今日初めて会った、新人と教育係という関係で、それ以上でも以下でもない。この設定を徹底しないと、いつ学が社長の息子であることがバレるか分からない。
「あ、すみません出過ぎたことを。でも阿久津さんオーラが凄いから、きっと凄い人だろうと思って」
学は慌てて取り繕う。阿久津と課長はハハハと笑うしかなかった。
今のやりとりは聞かれていただろうか。阿久津は恐る恐る周りの様子を伺った。