敏腕教育係は引きこもり御曹司を救えるか?
周りを見ると、阿久津たちは周りの社員からかなりの注目を浴びていた。やはり、今の学の発言は怪しかっただろうか? 阿久津と知り合いということに勘づかれたか?

探るように周りの社員たちの様子を見る。いつもは新入社員なんて入ってきても目もくれないで仕事ている社員がほとんどなのに、今日は一体どうして。

学を遠巻きに見る彼らの表情から、何を考えているのか推し測る。

こちらに注目しているのは、なぜか若い女性社員が多かった。もっと近くに来れば良いものを、わざわざ遠くから目を凝らすように、首を伸ばして一生懸命こちらを見ようとしている。

学のことを怪しんでいるような訝しげな顔をしている者は1人もいなかった。何故だろう、むしろ彼女たちの頰は紅潮し、酔っ払ったみたいに少しぽーっとしているように見える。隣の人同士でコソコソ何かを喋り、笑い合う者もいた。その視線は、明らかに阿久津や課長ではなく、学を捉えていた。

この感じ、分かる。去年も同じようなことがあったのだ。阿久津が気づいたと同時に、山下課長が同じことを口にした。

「何だね、何だね。女性たちが寄ってたかって。去年、花澤さんが入ってきた時とは逆だね。あの時は男性社員が『もの凄い美人が入って来た』なんて言って他部署からも見に来たっけな」
「え、え、どういうことです?」

この場にいる人間で、学だけがこの状況を飲み込めていなかった。

「あ〜やだやだ。佐伯くんは罪な男だね。君、最近流行りのナントカって俳優に似てるよね。背も高いし、これからモテるだろうね。いやはやムカつくね〜」
「え、僕がですか⁈」

課長は学がオロオロしているのを楽しんでいるようだった。

そうか、と阿久津は改めて思った。おじさんの課長でも分かるほど、現在の学は流行りの顔で、スタイルが良く、つまり「モテる」雰囲気なのである。

今一度、まじまじと学を観察してみる。太陽を浴びないおかげか、彼の肌は元々かなり綺麗で、髪型と眉は千絵に整えてもらい、自分でもうまくセットできるようになった。目の下のクマがちょこっと惜しいが、色白なのも相まって不健康そうなダウナーな雰囲気の男に見えなくもなく、これはこれで好きそうな女性は結構いるだろう。それから両親譲りの長身に、先日急いで買ったスーツがとても似合う。袖口から見える手は大きく骨張っていて、フェチな人にはたまらんだろう。ネクタイは青にしたが、彼の雰囲気や肌色に馴染んでいて良かった。冷静に見ると、確かに彼は注目の的にならざるを得ない。

「……あの、阿久津さん?」

と、ここまで詳細に分析しながら学を無意識のうちに穴が空くほど見つめていたらしく、赤面した学に声をかけられてようやく我に返った。

「嫌だな阿久津さん! 君も佐伯くんのこと僻み? すんごい悲しそうな顔で佐伯くんのこと凝視してたよハハハ」

課長に笑いながら突っ込まれて、慌てて弁明する。

「ごめんなさいボーッとして。はい、確かに僻みです。モテたこと無いので」
「俺もだよ。全く世間はいつになったら俺たちの魅力に気づくんだろうね」
「ホントですね」

ひとまず課長のノリに合わせておいた。

ううむ、うまく言えないが、阿久津が今抱いている感情は僻みというわけではないと思う。なんと言えば良いか、最初は見向きもされなかったけれど丹精込めて育てた花が綺麗に咲いた途端、いきなりみんなが注目しはじめて複雑な気持ちになっている感じだろうか。阿久津は声高に、今咲いている花も綺麗だけど、その前の種の時や、双葉が生えた時だって美しかったよ! と言いたいのだ。

「ひとまず周りの視線は気にしないで、まずはPCのセッティングをしてマニュアルを一緒に読んだりしましょうか!」

学がどう思うか分からないが、とりあえずどんな形でもさっそく周囲に受け入れられているということは良いことではないか。教育係としては、喜ばなければいけない。ひとまず学の正体がバレなければ阿久津としてはなんでも良いのだ。
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