敏腕教育係は引きこもり御曹司を救えるか?
新しい住居もとい学の部屋から会社に行くには三友商事の関係者用エレベーターを出て、何気なくサラリーマンたちの出勤の列に加わり、オフィス用エレベーターに乗る。ゲートで社員証をかざして、コートをロッカーにしまっていつもの席に着けば慌ただしい出勤は完了。
いつもより多めの睡眠を取って、しっかり朝食も食べているからか、仕事が進む、進む。これは良い。社長の息子との同居の思わぬ副産物。
メール返信と多部署から来ていた確認依頼を終わらせると、ちょうど社内チャットが入る。見慣れない送り主……「佐伯 薫《さえき かおる》」。学と同じ、佐伯という苗字。
社長からだ。息子の様子が気になったのだろう。しかし、いつも社員同士でスタンプを送り合うようなカジュアルなチャットの使い方しかしてこなかった阿久津は、社長がメッセージを送って来たことに驚いた。社長のような役職者もチャットを使うのか。阿久津は少し可笑しく思いながらも、メッセージを開く。
『阿久津さん、社長の佐伯です。突然のチャット失礼。昨日初めて我が家に行ったそうだね。学はどうだった?まず、家の中には入れたかい?』
そもそも家に入れないんじゃないかと心配されていたことにクスリときた。阿久津はすぐに返事を打つ。
『社長、お疲れ様です。しっかり一晩47階で寝起きしましたよ。学さんには玄関開けてもらえませんでしたが、最後はいただいたキーで入りました。家主の許可なくやってしまいすみません。学さん、元気でしたよ』
社長が聞きたいのはおそらく阿久津の最後の一言だろう。案の定、社長はすぐに返信をくれた。
『そうか! 学に会ったのだね。学は何か君に失礼なことはしなかっただろうか』
『いえ全然。』
丸めた新聞紙で撃退されかけたことは黙っておこう。実際、それほど怖くなかった。
『学さん、話してみるとシャイなところはありますがとても素直で親切な人だと思いました。私に一番綺麗な部屋を使うように言ってくれたり、色々と心配してくれました。』
『そうかい。あの学が……』
社長と部下というよりは、子どもの担任の先生と保護者の会話のようになってきた。
『そうだった。学は兄妹の一番下だったが、気の強い兄や姉にいつもおもちゃを譲っていた。喧嘩でもすぐに自分から折れるし、優しい子だったよ』
『そうでしたか。そんな感じがしますね』
チャットの文章からも、社長が学を思っているのが分かり阿久津はほっこりした。だがしかし、こんなにも息子思いの父親がいるのに何故、学は引きこもりになってしまったのだろう。疑問に思った阿久津の元に、その答えと思われる社長からチャットが届いた。
『学は相変わらず部屋を随分散らかしていましたか? 汚い家で申し訳ない』
『いえ、全然私の中では散らかっていない方でしたよ』
『彼は紙になんでも落書きをするものでね。絵のゴミがそこら中にあったでしょう。やめるように言ったのだが』
やめる必要あるか? チャットを読んだ瞬間、阿久津は反射的にその反論が浮かんだ。
どう返事しようか、と阿久津が悩んでいると、社長が再びメッセージを連投してきた。
『今後も定期的に学の様子をこのチャットで送ってくれると助かるよ。よろしくお願いします』
心にモヤモヤを抱えながらも阿久津は了承し、社長との緊張のチャットは終了した。
「阿久津、今良い?」
ホッと一息つこうとしたところで、背後から聞き慣れた声がする。
「星さん」
いつもより多めの睡眠を取って、しっかり朝食も食べているからか、仕事が進む、進む。これは良い。社長の息子との同居の思わぬ副産物。
メール返信と多部署から来ていた確認依頼を終わらせると、ちょうど社内チャットが入る。見慣れない送り主……「佐伯 薫《さえき かおる》」。学と同じ、佐伯という苗字。
社長からだ。息子の様子が気になったのだろう。しかし、いつも社員同士でスタンプを送り合うようなカジュアルなチャットの使い方しかしてこなかった阿久津は、社長がメッセージを送って来たことに驚いた。社長のような役職者もチャットを使うのか。阿久津は少し可笑しく思いながらも、メッセージを開く。
『阿久津さん、社長の佐伯です。突然のチャット失礼。昨日初めて我が家に行ったそうだね。学はどうだった?まず、家の中には入れたかい?』
そもそも家に入れないんじゃないかと心配されていたことにクスリときた。阿久津はすぐに返事を打つ。
『社長、お疲れ様です。しっかり一晩47階で寝起きしましたよ。学さんには玄関開けてもらえませんでしたが、最後はいただいたキーで入りました。家主の許可なくやってしまいすみません。学さん、元気でしたよ』
社長が聞きたいのはおそらく阿久津の最後の一言だろう。案の定、社長はすぐに返信をくれた。
『そうか! 学に会ったのだね。学は何か君に失礼なことはしなかっただろうか』
『いえ全然。』
丸めた新聞紙で撃退されかけたことは黙っておこう。実際、それほど怖くなかった。
『学さん、話してみるとシャイなところはありますがとても素直で親切な人だと思いました。私に一番綺麗な部屋を使うように言ってくれたり、色々と心配してくれました。』
『そうかい。あの学が……』
社長と部下というよりは、子どもの担任の先生と保護者の会話のようになってきた。
『そうだった。学は兄妹の一番下だったが、気の強い兄や姉にいつもおもちゃを譲っていた。喧嘩でもすぐに自分から折れるし、優しい子だったよ』
『そうでしたか。そんな感じがしますね』
チャットの文章からも、社長が学を思っているのが分かり阿久津はほっこりした。だがしかし、こんなにも息子思いの父親がいるのに何故、学は引きこもりになってしまったのだろう。疑問に思った阿久津の元に、その答えと思われる社長からチャットが届いた。
『学は相変わらず部屋を随分散らかしていましたか? 汚い家で申し訳ない』
『いえ、全然私の中では散らかっていない方でしたよ』
『彼は紙になんでも落書きをするものでね。絵のゴミがそこら中にあったでしょう。やめるように言ったのだが』
やめる必要あるか? チャットを読んだ瞬間、阿久津は反射的にその反論が浮かんだ。
どう返事しようか、と阿久津が悩んでいると、社長が再びメッセージを連投してきた。
『今後も定期的に学の様子をこのチャットで送ってくれると助かるよ。よろしくお願いします』
心にモヤモヤを抱えながらも阿久津は了承し、社長との緊張のチャットは終了した。
「阿久津、今良い?」
ホッと一息つこうとしたところで、背後から聞き慣れた声がする。
「星さん」