鏡と前世と夜桜の恋

牢屋敷の中は、沈黙が凝り固まって漂っていて… まるで人の気配が消える瞬間を、建物全体が味わった後のようだった。
ただ残骸だけが置き去りにされているような静けさ。
鉄の匂いと古い血の匂いが入り混じり、蓮稀は奥歯を噛みしめながら足を進めた。
牢の扉を押し開けた瞬間、魂が凍りついた。
石壁には湿り気と汚物の跡、床には誰かの爪痕のような傷… 転がった銀の餌皿は、鈴香が耐えた日々の冷たさのまま。

「鈴、香…」
細い身体が縄に吊られていた。
痩せこけ痣だらけ。口端から流れた血は乾き腕は折られているのか不自然に曲がっている…
雪美は息を呑んだ瞬間、声を上げる事すら出来なくなり咲夜の胸に飛び込み震えながら涙をこぼす。
蓮稀は無言で鈴香の身体を抱き下ろしそっと自分の羽織をかけた。
羽織をかける指は震えているのに、表情は氷の様に無で “ 壊れかけの静寂 " の様に恐ろしく見える…
「咲夜… 鈴香のこと、頼む」
蓮稀は一滴も涙を落とさなかった。代わりに背中から燃え上がる憎しみの熱がにじんでいた。
「蓮稀!!」
呼び止める咲夜の声を振り切り、蓮稀はその場を走り去った。
牢に残った雪美は、朽ちそうなほど細くなった鈴香を抱きしめ肩を震わせ続けた。
咲夜はただ見ているしか出来ず悔しそうに歯を食いしばる、今の蓮稀なら何をするか分からない… 雪美に鈴香を事を頼み兄を追いかけた。
牢に取り残された雪美
「鈴香ちゃん… 苦しかったよね… どうしてこんな… 」
涙で襟元が濡れても雪美は鈴香を離そうとせず…
やがて震える手で鈴香の羽織を整えると涙を拭いゆっくりと立ち上がった。
雪美は心の中で確信していた。
鈴香は自サツではない、コロされたのだ。あの一家に。
2人を追いかけようと廊下に出ると奥の廊下で声がした、湿り気のある低い声… 藤川だ。