青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
 豆を挽く音が静かに聞こえてくる。

 ――なんだろう。

 ものすごく居心地が悪い。

 お店はいい雰囲気なのに。

 飲み物が運ばれてきて、男は香りを味わいながらブラックでコーヒーを一口すすった。

「あらためて、俺は榎戸直弥。フリーランスのカメラマンだ」

「回りくどい話はいいですから用件を聞かせてください」

「それはありがたいね。ただ、ナポリタンが来るまでは少し世間話につきあってくれ」

 そう言うわりに、男は自分からは話を切り出そうとしなかった。

 サイダーの氷をストローでゆったりとかき回しながら史香がたずねた。

「あなたはいったい何者ですか?」

「それはどういう意味かな」

「あなたはただのカメラマンではないですよね」

「持ち物で言うならカメラマンだ」と、鞄を開けて中を見せる。

 望遠鏡のようなレンズと一眼レフのボディなどがぎっしり詰まっている。

「でも、普通の写真を撮る人じゃないですよね」

「普通とそうじゃないの違いは?」

「ごまかすだけなら、帰ります」

 強気に見せようとしたわけではなく、本当にここから出たい気がしたのだ。

 はあ……。

 早く帰って休みたい。

「まあまあ、俺は腹が減ってるだけなんだ。ほら、ナポリタンが来た」

 男はクルルと器用にスパゲティを丸めるとほんの少しゾズッと音を立ててナポリタンを口に入れた。

「あんたも頼んでもいいぞ。取材に協力してくれるお礼だ」

「いえ、結構です」

「じゃあ、ケーキでも」

「いえ、本当に。今はけっこうです」

 実際、体がだるいし、なんか胸もモヤモヤしていて急に食欲がなくなってしまったのだ。

 男がフォークを皿に置いた。

「久永里桜と道源寺蒼馬の密会写真を撮ったのは俺だ」

「密会?」

 史香は週刊誌の記事を知らない。

 榎戸はスマホの画面にネットニュースの記事を表示した。

 里桜と蒼馬が二人で食事をしている様子を望遠レンズで切り取った写真が掲載されている。

「変な写真ですね」

 正直に感想を言うと、榎戸の眉が上がった。

「密会にしてはまわりにお客さんがいるじゃないですか。隠すつもりなら、もっと個室とか、それこそ、会員制のオーベルジュとかを使うんじゃないですか?」

「よく分かってるね。意外と事情通なんだな」

 里桜と蒼馬の本当の関係を知っているという意味ならその通りだ。

 榎戸は笑顔になってナポリタンの残りを食べながら話を続けた。

「まあ、あんたの言うとおり、これは事務所からのリークがあって掲載された記事だけどな。大人の事情ってやつだ。だが、それを信じたファンが暴走して久永里桜に襲いかかった。その場にいたのがあんただ。ただの通りすがりでないことは、道源寺蒼馬との写真から明らかだ」

 食べ物が口に入っている時はしゃべらず史香の返事を待っている。

 態度とは裏腹に食事のマナーはきちんとしている。

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