青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
「あなたもいたみたいですけど。たまたま通りかかったんですか」

「俺はカメラマンだからな」と、紙ナプキンで口についたケチャップをぬぐう。「シャッターチャンスは逃がさないさ」

「私は関係ありません」

 ごまかせるとは思えないが、相手の思い通りに話を進めてはいけない気がした。

「SPに守られて、豪勢なリムジンに乗り込む人間が無関係ってことはないだろ」

 あっさり論破されてしまう。

「何が言いたいんですか」

「あんたと道源寺蒼馬の関係は?」

「ですから、何の関係もありません」

 はっきりと答えることができた。

 ――だって、事実だから。

 もう、終わった関係だ。

 榎戸は紙ナプキンで口を押さえながら笑う。

「展望台であんな親密そうにしていたくせに、か?」

 その後ラウンジへ行ったことも知っているのだ。

 ごまかしようがないのは分かっていた。

「まさか、あれは演技だったなんて言ってごまかすつもりじゃないんだろ」

 思わずクスッと笑ってしまう。

 真相はそのまさかなんですけど。

 いい歳した男女が映画のまねをしていたなんて、信じてはもらえないだろうな。

 ただの恋愛ごっこ。

 ホント……何やってたんだろうな、私。

 史香の笑みの意味をいぶかしみながら榎戸はナポリタンを完食した。

「久永里桜襲撃事件については、今のところ事務所の圧力でマスコミは黙っている。なにしろ、あそこの母親に睨まれたらギョーカイ的にいろいろやりにくくなるんでね」

 榎戸は皿を脇に寄せるとテーブルに肘を突いて手を組み、顎をのせて史香を見つめた。

 こちらも視線をそらさずたずねる。

「それで、結局、あなたの目的は何ですか?」

「俺にも分からない」

「結論を早く言ってもらえないなら帰ります」

「いや、すまない。ただ、分かっていないのは事実なんだ。何が正解なのかを知りたいってわけさ」

 ――正解?

「たとえば」と、榎戸はテーブルの上で手を伸ばし、椅子に背中を預けた。「人気女優と交際している有名企業の御曹司が別の一般人に二股をかけていたと暴露する」

「それは……」

 榎戸が人差し指を立てる。

「健全なイメージが損なわれれば、医療や介護なんかのお堅いビジネスにも影響が出るかもしれない」

「道源寺さんは私とは何の関係もありません。事実でないことを広めるのはまずいんじゃありませんか。名誉毀損とか、風説の流布とか……」

 かばおうとすればするほど蟻地獄のように相手の思惑にはまっていくのを感じて史香は焦っていた。

「べつに、俺は嘘なんかついてないだろ。あんたと道源寺蒼馬が一緒にいるところを写真に撮っただけだぜ。それをどう受け取るかは読者や顔の見えないネットの連中だからな。風評っていうのは、ほんのささいなきっかけさえ与えてやれば、たきつけなくても勝手に燃え上がる」

「お金ですか?」

 榎戸がほくそ笑む。

「俺はそんなこと一言も言ってないぜ」

 ここまで話してようやく史香は気がついた。

 直接蒼馬のところへ行って脅すのではなく、まずは弱い一般人を揺さぶってボロを出させようという作戦だったのだ。

 まんまと相手の手のひらで踊っていたことに気づいて史香はため息をついた。

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