三日月が浮かぶ部屋で猫は ~新米ペットシッターは再会した初恋の彼の生涯専属を求められる~
「出しても大丈夫なの?」
「よくないだろうな」
 沙耶がたずねると、尚仁が答えた。

「じゃあ部屋に行く?」
 女が挑発するように言う。口元に大輪のバラのような笑みを刻んだ。

「その必要はないでしょう。ケージでごらんください。逃げたら捕まえられなくなる」
 尚仁は冷たく言い放つ。

 沙耶は戸惑いながらケージを女から見えやすいように移動させる。
 女は興味なさそうにキャリーを一瞥してコーヒーを飲んだ。

「あなた、うちの会社を受けるのよね?」
 沙耶は戸惑い、女を見た。彼女は妖艶に目を細める。

「書類を見たわ、葉倉沙耶さん。明日、面接でしょう?」
「あの会社の方ですか」
 言いながら、ホームページに載っていた社長の写真を思い出す。

「社長さん……」
「そうよ」
 社長の矢内真里奈(やないまりな)だ。

 そこで思い出した。
 初めて尚仁の家に行った夜にかかってきた電話の人も矢内真里奈だった。

 コーヒーが届く。
 沙耶はなにを言っていいのかわからず、ミルクを入れてコーヒーを飲んだ。

「私が作った会社なの」
 真里奈は沙耶から目をそらさずに言う。
「株関係の会社でね。尚仁さんのお父様とも懇意にしていて」
 ぞくり、と背筋が震えた。蛇ににらまれた蛙はこんな気持ちかもしれない。

「やめてください」
 尚仁が咎めるが、真里奈は構わず続ける。

「尚仁さんのお父さまの会社、アヤノ食品株式会社の株もそれなりに持っているのよ」
 圧力をかけてきている。それはわかったのだが、なにが目的なのか、さっぱりわからない。一般人である自分に圧をかけたところでなにを得られると言うのか。

「ごめん、沙耶。来てもらったけど、もういいよ」
 沙耶は無言でキャリーを持ち上げ、席を立つ。

「ありがとう」
 尚仁はまた沙耶を抱きしめた。

 ときめきを感じる余裕はなかった。
 ただ、真里奈の不気味さだけが気になっていた。

 逃げるようにその場を辞し、キャリーを抱えて電車に乗った。尚仁の部屋につくと大きく息をついた。

 クレオパトラをケージから出してハーネスをはずす。彼女は解放を喜んでキャットタワーに登り、隣にある三日月のキャットステップに行く。そこに座って沙耶を見下ろした。

「大丈夫かな、尚くん」
 返事はなかった。

「疲れたよね、おやつあげる」
 沙耶はのろのろと立ち上がり、猫用のおやつを手に取った。
 クレオパトラは沙耶の気持ちなどどこふく風でおやつをうれしそうに食べた。
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