かつて女の子だった人たちへ
朝食を食べない俊夫は先ほど出勤していった。このフルーツは雪奈と息子の絆のためのものだ。

「ママ、おはよ」

とたとたとリビングに入ってきたのは絆だ。小学二年生の息子は目をこすりながら、雪奈のもとへやってくる。雪奈の胴に腕をまわし、エプロンに顔をこすりつける仕草に愛おしさで笑顔が溢れた。

「絆、おはよう。今、ごはんできるよ」

ぎすぎすした顔を見せたくないと思っていた。しかし、息子の無邪気な様子には自然と笑顔になれるのだから、子どもの存在というのはありがたいものだ。

「デニッシュパンある?」
「絆が大好きなブーランジェリーアカダのデニッシュがあるよ。さらにそれでハムエッグサンドを作りました~」

雪奈が胸を張って言うと、絆はその場で「やったー」とぴょんぴょんジャンプをした。

「ブロッコリーと人参も食べてね。オレンジとバナナも切ったよ」
「食べる食べる!」

絆はフルーツを運ぶのを手伝い、よじのぼるように席についた。いただきます、という元気な声に雪奈は目を細める。
可愛い息子。世界で一番大切な絆。

「ほら、こぼさないで」

昨晩のことに心はぐちゃぐちゃだったけれど、絆の笑顔に救われる。息子のためにも、早く立ち直りたい。雪奈は心からそう思った。


迫田(さこた)雪奈は三十六歳になる。
結婚十一年目、夫の俊夫は会社経営者で十歳年上の四十六歳。息子の絆は八歳だ。
俊夫の仕事は順調で、都内の高級住宅地と呼ばれる地域に一戸建てを構えて五年になる。雪奈は専業主婦としてひとり息子を育ててきた。
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