かつて女の子だった人たちへ
一応、言ってみる。絆が赤ん坊の頃、俊夫には伝えてあることだ。妊娠出産に対する不安感が強く、もうひとりは考えられない、と。
俊夫は笑顔で答える。

「ああ、でももう八年も経っただろ。雪奈も大人になったし、気持ちも変わったんじゃない?」

(大人に……?)

総毛だつような強い怒りを感じた。妊娠出産への不安感を、夫は『子どもっぽい』と思っていたようだ。もともと十歳差ということもあり、雪奈を子ども扱いすることはあったが侮りにしか感じない。

「なあ、雪奈」

雪奈の心中などまったく気づくこともなく、俊夫が甘ったるい声を出してベッドに近寄ってくる。横に座り、雪奈の髪を撫でた。

(やっぱり、これからする気だ)

強い拒否感情だった。恐怖ではない。嫌悪だ。

「少し考えさせて……」

雪奈は顔を背け、夫の手をやんわりとはずした。精一杯答えた声は小さかった。
俊夫は笑顔で雪奈から離れた。理解ある年上の男を演じるのはいつだって大得意な俊夫である。断れば引くのは想像通り。

「そうだよな。俺はまず信頼を取り戻さなくちゃいけない。でも、忘れないで。俺は雪奈を世界で一番愛してるよ」
「あ、ありがとう」

雪奈はうつむいたまま言った。夫はやれやれといった様子で踵を返す。子どもの機嫌を取るような態度だった。
閉まった戸を見つめ、雪奈はカラカラに乾いた喉から長く息を吐き出した。

(私も愛してるなんて、絶対に言えない)

だって、夫は他の女を抱いていたのだ。贅沢させていい気分にさせて、若い身体を提供させていたのだ。

「キモチワル……」

呟いた声はひとりきりの寝室に低く響く。

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