かつて女の子だった人たちへ
リビングには絆の大きな泣き声が響き渡り、冷めかけたピザの濃い匂いが漂っている。雪奈は弱々しくもまだ暴れる息子を呆然と抱きしめ続けた。

「ふう―――――」

少ししてから俊夫が嘆息して立ち上がった。

「なんだか、みんなナイーブになってるみたいだし、俺も少し出てくるよ」
「え……?」

こんな状況の絆と雪奈を置き去りにしようというのだろうか。雪奈を見て、俊夫はへらっと笑った。

「入院中にため込んだ仕事があるんだよね。在宅だとなかなか片付かないし、数日ホテルに缶詰めになって終わらせてくるわ」
「ま、待って、俊夫」
「何かあったら、すぐに戻ってくるから連絡してよ」

そう言い切った俊夫には、懇願してどうにかなるものではない雰囲気があった。

(ああ、また若い子と遊ぶのかな……。家庭から逃げ出して……)

雪奈はうつむき、絆の背を撫で続けた。俊夫はものの数分で家を出て行ってしまった。

(落ち着かなきゃ)

怒りと悲しみ、絶望がないまぜになった心は、どう呼吸しても目を閉じても落ち着かない。絆のしゃくりあげる声に、苦しい感情がどんどん増していく。

(大地のパワーをめぐらせて。足の先から頭のてっぺんまで、丹田に集めて、手に移動させて……)

心で手順を唱えるが、すべて脳の表面を滑り落ちていくような感覚だ。

「……ママ」

随分して、絆が細い声で呼んだ。雪奈は絆の顔を覗き込む。

「なあに?」

刺激しないようになるべく穏やかな声で返すと、絆の大きな瞳が雪奈を映していた。
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