かつて女の子だった人たちへ
場所はクレマチスも最初に訪れたというタイにしよう。雪奈の分の荷造りを済ませ、旅の手配を考える。まずは現地の日本語が通じるアテンダーを探して、航空券を取ろう。
目星をつけて、タブレットからアテンダーにメールを打った。航空券の前に、絆の下着など足りないものがあれば今のうちに買ってこようと思いたつ。たとえば、明日の早朝に出発になってもいいように準備を整えなければ。
絆の部屋に行ってタンスの中を確認しよう。雪奈は起こさないようにそっと階段を上がった。部屋の前で、中から声が聞こえることに気づき足を止めた。

(絆、起きてるのかな)

ドアを細く開けそっと覗くと、絆は薄暗くなった部屋で窓に向かってひざまずいている。両手を合わせて何かぶつぶつ言っている。なんだろう、と雪奈は目を凝らし、耳を澄ませた。

「かみさまかみさま」

絆の横顔は静謐だった。伏せられた目、頬にあらたな涙の痕が見えた。

「かみさまかみさま、パパとおばあちゃんがママに優しくなるようにしてください」

絆は目を閉じ、一心に祈っている。

「かみさまかみさま、ママを昔のママに戻してください」

殴られたような衝撃だった。
絆の願いは……以前の雪奈……。

(私は何をしていたの?)

雪奈のしてきたことのすべては、雪奈のためであり絆のためであるはずだった。
しかし、実際は違っていた。
ただひたすらに雪奈自身が救われたかった。楽になりたかった。自分が悪くないと証明したかった。
結果、都合のいい世界に身を投じ、のめり込み、踊らされた。
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