ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

5 『姫様の苦しいお気持ちもわかります』

窓の外を巡る人工のせせらぎが、紗のように陽ざしを返して、フェルカドの天井に水底を思わせる揺らぎを描いている。

可憐な花々をフラワーベースに挿し終えて、多恵はロイヤルブルーのテーブルクロスに小さな溜め息を落とした。

経費削減のために、装花もオブジェもなるべく庭や森から調達している。
そんなしみったれた努力をして、今さら何になるのだろう?

多恵は、ミモザの生垣の間に覗く白いプールサイドへ遠い目をやった。
陽が傾きはじめて、今は誰の姿もない。

──限界かな、やっぱり……。

ことの起こりは、10日ほど前。

社長代行としてポラリスを任されて二年余り。どうにか返済のやりくりを続けてきた
けれど、世間は思った以上に巧妙で情け容赦がない。
まさか世に訊く〝貸しはがし〞が我が身にも降りかかろうとは──夢にも思わなかった。


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「お屋敷の資産報告書に記載漏れがございました件についてですが、これは虚偽の報告にあたると見なされ、契約上の〝期限の利益〞を喪失する要件に抵触します。この場合、ご融資の更新は打ち切りとなります。約定にも明記されておりますとおり──。今月中に全額ご返済が叶わない場合は、債権回収機構への代位弁済に移行いたします」

「待ってください!」

多恵は思わず腰を浮かした。
このご時世、どこに億単位の金をポンと貸してくれる奇特な人がいるのだ。

第一、ここまで負債が膨らんだのは、貸し手側の責任もあるはずだ。
こちらの景気がよいときには、「借りろ、借りろ」と盛りのついた雌猫のようにしつこく迫ってきたくせに、いざとなると、臆面もなく掌を返す。
他人のふんどしで相撲を取っておいて、卑劣ではないか。

古びた応接セット。空調の効かない部屋。安物のコップに注がれた、生ぬるい麦茶。
ポラリスに対する仕向けのような気がして、多恵は負けじと食い下がった。
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