ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
まさかと、目の前が暗くなるような思いだった。
多恵も無意識のうちに、黒川に対する甘えや油断があったことは否めない。
それでも、折れそうな心を奮い立たせて、多恵は再び声を絞り出した。
「だからと言って……、そちらも黒川さんに融資されたわけではありませんでしょう?」
「もちろん、融資はホテル・ポラリスに対するものです。ですが、黒川会長の後ろ盾がなければ、お断りしておりました。そのうえ、現社長である未亡人はご病床にあり、ご子息もまだお若い」
逆の立場なら、確かに不良債権として扱いたくなるのもわかる。わかるからこそ、腹が立つ。
「……神尾さんと、直接お話しさせてください」
多恵は投げるように言った。
相手のメンツをつぶす禁じ手だけど、幸村家と、支店の次長ごときは雲の上の存在の神尾頭取とは、彼がまだ外回りの営業だった頃からの深い付き合いだ。
「幸村さん、諦めてください。金融監督庁からの指導もあって、神尾でも覆せません」
「なるほど──つまり、ポラリスは、金融庁査察の〝お土産〞として献上されたというわけですか?」
「さすが、幸村家のご当主だ。気丈夫なところも、亡くなられたお母様によく似ていらっしゃる」
多恵は、わずかに眉をひそめた。
確かに多恵は母親似だが、誰かの請け売りなのか、いずれにせよ、知ったようなことを言う。
「そこで、当行といたしましては、当面のご猶予の条件として、お屋敷を処分いただきたく思います。今でしたら、ぜひにと仰る方がいらっしゃいますので」
「あの家は会社のものです。私には返答できません」
「それでは、中里社長のご了承をいただいてください」
意地の悪い言葉に、多恵は眉間を皺めた。
「彼女が、今どういう状態か、ご存じでしょう? せめてあと半年、待ってください」
「時機を逸して競売となれば、安く買い叩かれたうえに、文化財級の家屋敷を取り壊され分割転売されるやもしれません。それは忍びないと、神尾頭取が肝胆を砕かれたこと、お察しください」
「家を売ったところで、残債を一括返済できる見込みなどありません」
「あなたのものをお売りになられたらいかがでしょう。トーエー開発さんからお話はいっておりますね?」
やられたと、多恵は唇を噛んだ。彼らの標的はポラリスでも屋敷でもなく、そちらだったのだ。