社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~

23 マリンの罪

 私はバルゴアの騎士に連行されていく父をぼんやり眺めていた。

 ずっと恐れていた父が、こんなにもちっぽけな存在だったなんて……。

 私に向かって「お前のせいだ!」と何度も叫ぶ父は、まるで駄々(だだ)をこねる小さな子どものようだった。

 でも子どもとは違い、自分の思い通りにするために人殺しまでするなんて悪質すぎる。

 結局、愛した妻にも娘にも見捨てられて、自らの手に残ったのは過去に犯した罪だけ。

 実の父と妻を殺した重すぎる罪を、これから、どうやって償(つぐな)っていくのかしら?

 父のように生きる人生は、絶対に嫌だと思った。それと同時に、こんな風にしか生きられない父をかわいそうだと思ったのも事実。

 でも、楽になってほしいなんて思わない。

 今まで苦しめたすべての人の分までしっかりと苦しんでほしい。そうして、いつか自分がやったことを心の底から後悔する日が来てほしい。そう願わずにはいられない。

 マリンの甘ったるい声で私は我に返った。

「リオ様ぁ」

 リオ様にすり寄ろうとしたマリンは、エディ様に止められた。

「なんなのよ!?」
「毒の隠し場所を知っているとか? 今すぐ案内してください」

 エディ様に鋭くにらみつけられて、マリンは不服そうに視線をそらす。その後、エディ様とバルゴアの騎士にはさまれながら部屋から出ていった。

 そういえば、リオ様は『病死したとされているセレナ嬢の母と祖父の本当の死因を証言した者だけを減刑する』と言っていたわ。

 ということは、その罪を証言したマリンは、なんの罪にも問われないの?
 継母(ままはは)は?

「リオ様、マリンと継母は……」

 不安に思ってリオ様を見上げると、リオ様はニコリと微笑む。

「あなたの妹が本当に毒の場所を知っていたら、コニーをつかって、あなたを毒殺しようとしたことに繋げられます。使用人に話を聞いてみましょう。雇い主を失った今ならだれでも証言してくれますよ」
「でしたら……」

 私は周囲を見渡して、部屋の隅でふるえていたマリン付きのメイドを指さした。

「あのメイドに話を聞きたいです。彼女はマリンの専属メイドなので」

 専属メイドは「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。

 私たちが近づくと、専属メイドは祈るようなしぐさをした。

「なんでも言います! 私はどうなってもかまいません! で、でも故郷だけはお見逃しください!」
「故郷?」

 ガタガタとふるえているけど、メイドは決して逃げようとしない。

「私の故郷は貧しい男爵領です……。数年前の大雨で、堤防が壊れて川が氾濫(はんらん)し多くの領民を失いました。いそぎ堤防を直さないといけないのに……。王家や近隣の貴族たちに資金援助を求めましたが断られました。父も兄も姉たちも必死に資金を集めていますが、まだ足りません。だから、お金が必要なのです!」

 その瞳には、強い覚悟が見えた。

「私は器量が悪いから良い嫁ぎ先を見つけられず……そんなとき、ファルトン伯爵家のメイド募集を見つけて……。すみません、セレナお嬢様がつらい目に遭(あ)っているのを知っていて、お金の為にずっと見て見ぬふりをしていました」

 今思えば、このメイドに何か嫌なことをされた記憶はない。
 彼女はむしろ、いつもマリンのわがままに振り回されて大変そうだった。

「あなたの事情はわかったわ」

 私はメイドに微笑みかけた。

「あなたの言葉をこの場ですべて信じるわけにはいかないけど、無関係な人まで罰してほしいとは思っていないの」
「セレナお嬢様……あ、ありがとうございます!」

 メイドはハラハラと涙をこぼす。

「あなたの故郷には何もしないと約束するわ。だから、マリンが何をしようとしていたのか知っていることをすべて教えてほしいの」
「……はい」

 メイドの話によると予想通りマリンは、コニーに毒薬を渡して私を殺そうとしていた。その毒薬を水にすり替えたのは、このメイドだったらしい。

「セレナお嬢様に毒を盛るなんて、いくらなんでもひどすぎると思って……あっ」

 ハッと何かを思い出したようにメイドが顔をあげた瞬間、獣のような叫び声が聞こえた。

「うおおおおおお!」

 剣を振り上げた騎士が、こちらにかけてくる。

 パーティー会場内に控えていたバルゴアの騎士は、父を連行したり執事を取り押さえたり、マリンに同行したりと、すぐに動ける者がいない。

 側にいるリオ様は、パーティーに参加するために、剣を置いてきている。

 私はとっさにリオ様をかばうように前に出た。

「セレナお嬢様、危ない!」

 小さな影が動いたかと思うと私は突き飛ばされた。気がつけば、コニーが私を守るように覆いかぶさっている。

 ケガをしている右手にズキッと痛みが走った。

「よくやった、コニー!」

 そう叫んだリオ様は、襲い掛かってきた騎士の腕をつかんだ。騎士はうめきながら剣を取り落とし、あっという間にリオ様に取り押さえられる。

 視界のすみでエディ様がかけよってくるのが見えた。その後ろには、マリンもいる。

「だれの差し金だ」

 黙り込んだ騎士の顔に私は見覚えがあった。

「あなた……マリンの護衛騎士の?」

 私の言葉に護衛騎士は動揺する。

「どうしてリオ様を?」
「殺してくれ!」

 暴れようとする護衛騎士を、リオ様の代わりにバルゴアの騎士が取り押さえた。

 エディ様は、取り押さえられている護衛騎士に剣をつきつける。

「バルゴアの次期当主を狙ったんだ! お前だけの命で償(つぐな)えると思うな! だれの命令か言えば、お前の家族だけは助けてやる!」

 護衛騎士は黙り込んだ。代わりに、マリンの専属メイドが口を開く。

「マリンお嬢様です! マリンお嬢様が、セレナお嬢様の顔に傷をつけろと命令していました!」
「マリンが?」

 マリンは青ざめ涙を浮かべていた。

「ひどいわ……そのメイドは私を陥(おとしい)れようとしています! リオ様、信じないで!」
「ウソです! これはすべてマリンお嬢様の指示です!」

 メイドは護衛騎士に向かって叫んだ。

「早く正直に言わないと! あなたのせいで罪のない家族まで殺されてしまうのよ!?」

 メイドの言葉を聞いても、護衛騎士はうつむき何も言わない。

「どうしてわからないの!? マリンお嬢様は、ずっと私達を見下していたの! あんたが命を懸けたって、マリンお嬢様は、あんたの名前すら憶えていないんだからっ!」

 護衛騎士が顔をあげた。そして、マリンを見つめて「ウソだ」とつぶやく。

「マリンお嬢様が、俺の名前を覚えていないなんて……ウソ、ですよね?」

 マリンは、視線をさまよわせた。

「ウソだ……お嬢様、俺の名前を呼んでください! それだけで、俺はあなたのために……」

 マリンは、ハァとため息をついた。

「どうして私がそんなことをしないといけないの? あなたの名前なんて覚えているわけないでしょう? 本当に使えない男」

 護衛騎士の顔が絶望に染まった。叫び声をあげて暴れ、取り押さえていたバルゴア騎士を振りほどき、落ちていた剣を拾う。

 リオ様が私を守るように抱きしめた。コニーはそんな私達を守るように前に出る。エディ様は、暴れる護衛騎士を捕まえようとして腕を伸ばした。

 だれにも守られていないマリンに、護衛騎士の剣が振り下ろされる。その瞬間、護衛騎士の服をつかんだエディ様が後ろに引っ張った。

 護衛騎士は体勢を崩して、その場に倒れこむ。それと、同時にマリンの悲鳴が上がった。

「きゃああああ!」

 両手で顔を押さえたマリンの手の隙間から赤い血が流れている。

「顔がっ! 私の顔がぁああ!」

 痛い痛いと泣き叫ぶ。

 エディ様がマリンの手をつかみ、顔の傷を確認した。

「刃が少し当たって斬れたようです。命に別状はありません。……まぁそれでも、傷跡は残るかもしれませんが」
「いやぁああ!」

 泣き叫ぶマリン。でもエディ様がいなかったら、おそらくマリンは斬り殺されていた。

 急に外が騒がしくなった。

 私が不思議に思っていると、リオ様が「通報させたので、警備隊が来たようですね」と教えてくれる。

「エディ、あとのことは頼んだ」
「はい」

 リオ様は、ギュッと私を抱きしめたあとに横抱きに抱きかかえた。

「え!?」
「大人しくしてください。これでも、俺はあなたにすごく怒っているので」
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