社交界の毒婦とよばれる私~素敵な辺境伯令息に腕を折られたので、責任とってもらいます~

27 必死に愛を伝えて泣いてすがって頼み込んだ結果

 それから数日後。

 私は、メイド長に呼ばれて、ターチェ伯爵家内の広い廊下に一人で立っていた。

 廊下の壁には、多くの絵画が飾られている。

 メイド長が言うには、ここには歴代のターチェ伯爵が買い集めた絵画が並んでいるそうで、中には貴重なものや高額なものもあるらしい。

 だから、ここは通路であると同時に部屋でもあり、防犯のために入口と出口に鍵付きの扉がついているそうだ。両側から鍵を閉めてしまえば、さすがのリオ様でも逃げられない。

 メイド長から事情を聞いたエディ様も、私に協力してくれることになった。

 本当にリオ様がここに来るのかしら?

 半信半疑で待っていると、コツコツと複数の足音が聞こえてきた。扉からリオ様が入ってくる。

 私に気がついたリオ様が驚いている間に、後ろにいたエディ様はサッと廊下から出て扉を閉めた。

 リオ様が「あ」と言ったとたんにガチャリと鍵がかかる。

「リオ様」

 私が声をかけると、リオ様は大きな体をビクッとふるわせた。誠実そうな瞳が戸惑っている。

「まだ、準備が……」

 そう言いながら、リオ様は一歩後ずさった。

 なんの準備をしているのかわからないけど、リオ様が私を避けているのはやっぱり気のせいではなかったのね。

 そのとたんに、胸が痛んで不覚にも涙がにじんだ。

「セレナ嬢!? ど、どうしたんですか!?」

 ハッとなったリオ様は「もしかして、まだ腕が痛むんですか?」と見当違いなことを聞いてくる。

 リオ様は優しいから、私がケガをしているかぎり、こうして心配してくれるのかもしれない。

 それなら、『ケガが悪化した、後遺症が残った』とウソをついたら、これからも私のことを心配してくれるの? もしかしたら、責任をとって奥さんにしてくれる?

 でも、そんな関係は嫌だった。そんなことをされるくらいなら、いっそのこときっぱりと振られたい。

 私は少し前に芽生えた大切なこの想いをリオ様に伝えると同時に、この場でその想いを失う覚悟を決めた。

 リオ様をまっすぐに見つめる。

「……好きです」

 そう口にしただけで、ボロボロと涙があふれてしまう。

 リオ様は、いつも私に優しくしてくれた。ニコニコと微笑みかけてくれた。
 それだけでなく、私の味方になってずっと守ってくれた。

 そんな人を好きにならないなんて無理だった。

「わ、私じゃダメですか?」

 リオ様からの返事はない。ただ綺麗な紫色の瞳が大きく見開いている。

 やっぱり迷惑だったのね。それでも、なりふりなんてかまっていられない。リオ様を他の女性に取られたくないと強く思ってしまう。

 私はリオ様の服のそでをぎゅっとつかんだ。

「私、何も持っていません。リオ様に何もあげられない……でも、ずっとリオ様の側にいたいんです。私をリオ様の奥さんにしてください。お願いします、お願い、します……」

 泣きすがって頼んでも叶わないとわかっている。でも、これが最後だから、かっこ悪くてもいい。悔いが残らないように、この気持ちを全部伝えると決めたから。

 どこかぼんやりとしていたリオ様の顔が赤くなっていった。そして、「あ、そうか、わかった……山猫」とつぶやく。

「え?」
「俺、昔、ケガをした山猫を拾ったことがあったんです」

 なんの話かまったくわからない。わからなすぎて、涙も引っ込んでしまった。

「警戒心が強くて、なかなか気を許してもらえなかったんですけど、少しずつ俺に懐いてくれた。すごく可愛かったんです。でも、そいつ、ケガが治ったら俺の前から姿を消してしまって……」

 リオ様の瞳が、私を見つめている。

「だから、セレナ嬢もケガが治ったら、俺の前からいなくなるかもと思って怖かったみたいです。ケガが治るまでの間だけ、俺を頼ってくれているだけだったらどうしようかと不安で」
「そんなこと……」

 ないとは言い切れなかった。リオ様への想いに気がつく前は、私もそうするつもりだったから。でもそれはリオ様を利用しようとしたわけではない。

「きっとその山猫は、リオ様に迷惑をかけたくなかったんですよ」
「迷惑?」

 私はコクリとうなずいた。

「だって、私もリオ様の迷惑になりたくないから……」
「あなたを迷惑だなんて思ったことは一度もない!」

 リオ様の両手が私の肩をつかんだ。力加減ができていないのか、少し痛いくらいだったけど、それだけ真剣なのだと伝わってくる。

「あなたのケガが治ったら、俺のほうから告白するつもりでした」
「ウソ……そんな風には少しも見えなかったですよ!?」

「すみません、少しでもふられる可能性を減らそうと、必死に考えて、いろいろ準備していたんです。まさかあなたに好かれているなんて夢にも思っていなくて。その結果、あなたを泣かせてしまった……」

 後悔にまみれた顔で、うつむいてしまうリオ様。

「俺、考えること苦手なんで、あんまり考えないほうがいいですね」
「そ、そうかもしれません」

 考えることが苦手なリオ様が真面目に考えた結果、私を避けることになったのなら、リオ様はあまり考えないほうが良いかもしれない。

 だって、メイド長やメイド達が私に協力してくれなかったら、私はリオ様は別の女性が好きだと勘違いしたままリオ様への気持ちをあきらめていた。避けられるのがつらすぎて、逃げ出していた可能性だってある。

 とりあえず、戦闘面で優秀なリオ様は、恋愛面ではものすごく鈍いことだけはわかったわ。

 リオ様は「では、もう考えません!」と大きな声ではっきりと言った。

「愛しています! 俺と結婚してください!」
「はい!」

 即答した私を見て、リオ様は苦笑する。

「……やっぱり俺は、考えないほうがうまくいくなぁ」
「そうみたいですね」

 私達がクスクスと笑い合っていると、鍵がかけられていた扉がガチャリと開いた。と、同時に拍手が沸き起こる。

「おめでとうございます!」
「おめでとうございます! セレナお嬢様!」

 私に協力してくれたメイド長とメイド達に「ありがとう」と伝えている横で、リオ様はエディ様に「リオ、良かったな!」と肩を叩かれていた。

 エディ様の後ろにいたコニーが、「え? え?」と混乱している。

「セレナお嬢様、どういうことですか?」
「私、リオ様が好きなの」
「ええ!?」
「頑張って告白したら、結婚を申し込んでもらえたわ」
「じゃあ、セレナお嬢様が次期バルゴア辺境伯夫人ってことですか!?」

 コニーに聞かれるまですっかり忘れていたけど、そういえば、リオ様は次期バルゴア辺境伯だった。

「辺境伯夫人……そ、そう、なっちゃうわね?」

 コニーは、パァアと顔を輝かせる。

「やったー! だったらなおさら、あたしはバルゴアで騎士になって、ずっとセレナお嬢様をお守りします!」

 幸せそうに微笑むコニーを、私はぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう。私もコニーを守るからね」

 リオ様に出会ってから、優しい人にたくさん出会った。
 私の中で、どんどん大切な人が増えていく。
 それがこんなにうれしいことだなんて、リオ様に出会う前の私は知らなかった。
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