呪われし森の魔女は夕闇の騎士を救う
「あの赤い痕を見ると、ぞっとするわ」

「あの痕がついた顔で、よく人前に出られるものね」

 王城の女中たちはこそこそと陰で噂をした。呪いが祓われたと言っても、その痕は痛ましく、そしてどこかおどろおどろしくも見えたのか、人々は忌み嫌った。痕が残る体は服で隠れたものの、顔を隠すわけにはいかない。それを見た者たちはみんな「なんだか不吉だ」と口をそろえた。更に、それを後押ししたのが、彼の母親の死。彼が解呪をした二年後に、彼女はよくわからない病気にかかって死んでしまった。

 母親の病気は呪いではない、と解呪師は言った。もしかしたら、彼が呪いにかかっていた時の一年間の心労のせいかもしれない、と推測でいい加減なこと――と彼は思っている――を言ったせいで、余計に彼に非難が集中した。本来ならば、彼女が受けるはずの呪いを彼が受けたということは二の次となり、ただひたすら彼が呪われた王子なのだという噂だけが広がった。

 害はないはずだったが、それでも人と言うものは見た目で様々なことを判断する。彼が王族であることを望まぬ声が大きくなっていった。初めのうちは国王も彼を庇っていたが、自分が愛していた側室が死んだことで徐々に心が弱り、人々の声を無視出来なくなっていった。仕方なく彼を王族から除外することを決断し、公爵家の養子にすることに決定した。当時、公爵家には子供が恵まれず困っており、かつ、彼らはノエルの呪いをなんとも思わない稀有な人々だった。心優しい公爵と公爵夫人は、喜んで彼を迎え入れることとなる。

「わたしたちにはなかなか子供が恵まれません。あなたが養子に来てくだされば、とても嬉しく思います」

 そう言って自分を見つめる公爵の目からは、自分を蔑むような感情は見えなかった。ノエルは、失われた一年間に反して聡明な子供だったので、自分が公爵家に行くことで多くのことが丸く収まると気付いていた。

「はい。そうします。それでは、あなたを父とお呼びしてもよろしいですか」

 一家臣に、即座に謙った言葉を使うノエルに、公爵は驚きの表情を浮かべた。側室の子供とはいえ、王位継承権を持つ身分だ。そんな彼が、そうやすやすとそのような言動に至ったことに思いを馳せつつ、公爵は「我が家にいらしてからにいたしましょう」と告げることが精いっぱいだったと、後にノエルに話した。

 そういうわけで、彼は養子として公爵家の長男になったが、それから数年後、公爵家は子宝に恵まれた。公爵夫妻は彼のことも分け隔てなく大切に育てていたが、彼は自分が次期公爵の後継者にならないようにと、騎士団に入団をした。この国の貴族は、後継者になれない第二子以降のみ騎士団に志願をすることがほとんどだ。よって、第一子の扱いだった彼は異例と言えたが、実力で入団を可能にした。

 入団と同時に、彼は顔を仮面で隠すことにした。それには王城からも許可が出たし、騎士団の誰も文句をつけることもなかったし、いたずらでも仮面の下の素顔を見ようとする者もいなかった。何故なら、噂には尾ひれがつきもので、彼のその「呪いの痕」を見ると呪われるという話が広がっていたからだ。そして、それはそのまま今に至るが、その一方で騎士団員の多くは「噂は噂だ」と考え、案外と公平に彼に接してくれている。

 それでも、仮面をつけた彼は騎士団員以外にはいつまでたっても、まるで異形の者を見るような目で見られていて、どこでもひそひそと陰口を叩かれていた。彼は、それを気にしないように、それを忘れようと剣にも勉学にも打ち込んだ。生活に余裕があると、耳に余計なものが入ってきてしまう。だから、ただひたすら己を高めようと、人々の声を耳に入れないようにと努めて来た。

「ノエル。聖騎士の称号、おめでとう。大したものではないが、わたしからの贈り物だ」

 気づけば彼は聖騎士となり、続いて先日第三騎士団長になった。聖騎士になった時は、父親である公爵からマントが贈られ、騎士団長になった時には馬の鞍を贈られた。それらはどれも、彼にとっては目標でもなんでもなくただの結果だったが、公爵夫妻は喜んでくれたので、それだけで良いと思えた。
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